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御題其の十一

追憶の果て

「老師、お客さまがいらしゃいました」
 徒弟が軽く頭を下げる。その後ろに見える人影に、浩瀚は目を見張る。
「──やあ、久しぶり」
「これはこれはお珍しい方のお見えだ」
 昔と同じ、人懐こい、若い笑顔。浩瀚は笑みを返す。時を止めた高貴な旅人がそこに立っていた。徒弟を下がらせた浩瀚は、客人に自ら茶を淹れる。差し出された茶を見つめ、旅人は重く口を開いた。
「金波宮を辞したと聞いて……君も逝ってしまったかと思った」
「──私は、命ある限りこの国を見守ると、あの方にお約束したのです」
 浩瀚は皺深い顔に涼しげな笑みを浮かべて告げた。そうか、と呟き旅人は立ち上がる。
「──君は、彼女の夢を、叶えたんだね……」
「あなたは……いつまで旅を続けるのですか」
「──時が許す限り」
 浩瀚の問いに、利広は深い笑みを刷く。浩瀚は僅かに目を見張り、それから恭しく拱手した。
「──初めて、まともに答えてくださいましたね」
「君は、幸せ?」
「──はい」
 利広は嬉しそうに笑い、じゃあまた、と言って去った。浩瀚は頭を下げて微笑する。次など、時の流れに押し流されてしまうことを、浩瀚は知っていた。

2006.04.27.
 ──浩瀚の余生を書いてしまいました。 何故、利広なのかは、ご想像にお任せいたします……。

 ──ごめんなさい、「末声」の注意書きを忘れておりました。 ただ、「追憶」の「果て」なので、お解かりいただけるとは思っておりましたが……。 大変失礼をば。
 「桜雨」後の話を少しずつ書いているのですが、なかなか楽しい「利浩対決」……。 「最後の逢瀬」及びその後の「慟哭」が痛いだけに、私的にはツボに入ってます。 (2006.04.28.追記)

2006.04.27.  速世未生 記
(御題其の十一)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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