「管理人作品」 「12桜祭」

小春嵐@管理人作品第7弾

2012/05/12(Sat) 06:54 No.961
 皆さま、おはようございます。本日の最低気温は4.7℃。 寒さのあまりストーブを点けてしまいました。 桜が散るというのにこの気温はなんでしょうね〜。
 昨日もレスと拍手をありがとうございます。後程御礼にまいりますね。

 さて、管理人はやっと小品をひとつ仕上げました。 まだ七つ目っていったい……(苦笑)。 ラストスパートに入れればよいのですが。
 今回はさくやさんの#125の歌から書いた #341拙作「春の心はのどけからまし」の陽子視点を仕上げてみました。 よろしければお楽しみくださいませ。

※ 管理人の作品は全て尚陽前提でございます。

小春嵐

2012/05/12(Sat) 06:59 No.962
「――分かった。私が行こう」
 景王陽子は事務的にそう断じる。すると、案件を持ちこんだ景麒が、はっとした顔を向け、恐る恐るという風情で陽子に訊ねた。
「よろしいのですか……?」
「なんでそんなに驚くんだ。私が出るべき案件じゃないか。それとも、お前は私が暴れ出すとでも思っていたか?」
 陽子は苦笑する。いつもあまり表情というものを見せない景麒が、少し慌てたように首を横に振るのが面白かった。
「いえ、そんなことは……」
「では、早急に手配を」
「御意」
 景王陽子の命に、景麒は深く頭を下げ、足早に退出していった。後に残された陽子は、いつもの如く淡々と政務を進める。やがて、仕事に限りをつけ、陽子は小さく嘆息した。

 桜がほころびる季節。毎年、いつでも花見に行けるよう、勢いこんで積み重なる書簡を片付けていた。周りも皆承知しているのか、花が満開になる頃に案件が奏上されることはなかった。けれど、今までが幸運だったいうべきなのだろう。

(世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし)

 いつか桜を見上げながら、伴侶はそう言って笑った。蓬莱の古の歌。世の中に桜が全くなければ、春にはもっとのんびりできるだろうに、という意味だと教えてくれた。そのとき陽子は反論したものだ。桜があるからこそ、春の訪れを楽しく待つことができるのだ、と。伴侶は優しく笑い、陽子の頭をくしゃりと撫でただけだった。

 今ならあの歌が切実に分かる。視察に出向いているうちに、桜の花盛りを逃してしまうかもしれないのだ。そして、隣国から花見にやってくる伴侶と会えないかもしれない。そう思うと胸が締めつけられるようだった。それでも。
 陽子は筆を取り、近いうちに訪れるだろう伴侶に宛てて書簡を認めた。急に城を空けなければならなくなったことを侘び、できれば掌客殿にて待っていていほしい、と書き記しつつ、陽子は小さな溜息をつく。我が伴侶は大人しく待つような人物ではない。陽子こそがそれをよく知っていた。

 視察を終えて宮城に辿りつくと、来訪した伴侶は既に発った後であった。やはり擦れ違ってしまったか、と陽子は班渠を急がせる。班渠は何も言わずに空を疾く駆けた。
 やがて、いつもの桜の大木が見えてきた。満開に花ほころばせる桜に目もくれず、陽子は伴侶の姿を探す。樹の根元に横たわる人影を見つけて初めて、陽子は安堵の息をついた。

 陽子をそっと地上に下ろし、班渠は静かに姿を隠す。そんなとき、寝転んで桜を見上げていた伴侶が、溜息とともにひとりごちた。

「――絶えて桜のなかりせば」

 懐かしい古の歌。この歌を、伴侶も思い出していたのだ。陽子は胸が熱くなるのを感じた。すぐに下の句を続ける。

「春の心はのどけからまし」

 気配に聡い伴侶が驚く様を、陽子は微笑んで見つめた。駆け寄りたい気持ちが募る。けれど、目と目が合った途端、会えた喜びで涙が滲みそうになり、陽子は桜に視線を移して言い訳をした。
「――ほんとにね、桜がなければ、こんなにやきもきしたりしないんだけどね。いつ咲くか、いつ散るか。春はいつも桜に振り回される……」
 見上げた桜はさわさわと枝を揺らし、風が吹く度に花びらを陽子に降らせる。ああ、今年もお前は綺麗に咲いてくれたね、ありがとう。胸でそう呟くと、自然に笑みが零れた。
 かさり、と音がして、伴侶が立ち上がる気配がした。その逞しい腕に後ろから抱きしめられ、陽子はいっそう唇をほころばせる。耳許に低い囁きが聞こえた。
「こんなにやきもきした春は初めてだ」
「ほんとうに。間に合ってよかった」

 あなたに会えてよかった。今年も一緒にお花見ができてほんとうによかった。

 口に出せない想いを噛みしめる陽子を抱いたまま、伴侶は低く笑い続けている。何が可笑しいのかは訊かずにいよう。今は、愛しい伴侶の腕の中で、飽かず桜を眺めよう。そう思い、陽子は咲き誇る桜花を見つめるのだった。

2012.05.12.

後書き

2012/05/12(Sat) 07:08 No.963
 書き上げて、あらあら、と思ってしまいました。実は桜は二の次なのね……(苦笑)。 まあ、遠距離恋愛には首尾よく会うための理由が必要だ、ということでございましょう。 お粗末でございました〜。

2012.05.12. 速世未生 記

そうですねえ… 空さま

2012/05/12(Sat) 19:57 No.968
  未生さまのあとがきを読ませていただき昔をしのんでしまいました。
 空がまだ若かったころ、電話はありましたが携帯はありませんでした。 電話も電電公社から権利を借り受けるという形で設置したので、 当時のお金で10万円くらいかかり、貧乏人は(若者の一人暮らしとか) とてもおけない時代でした。 だから、恋人同士落ちあえるかどうかというのは、結構至難の業でした。 まあ、のんびりしていましたけど。
 だから、こちらのお話の尚隆さんと陽子さんのように、 落ちあえたときの喜びはひとしおなんですよね〜〜 お二人、会うことができて本当によかったですね。 桜の木はとても良い目印だったと思います。

この後いつまで・・・ 饒筆さま

2012/05/12(Sat) 23:24 No.972
 陽子さんはこの後いつまで桜を眺めていられたのでしょう?  さっそく伴侶に・・・ああ、御二方の幸福時間にお邪魔して馬に蹴られてはいけませんね (お口にチャック)
 大昔のことですが、遠い地の親友(恋人ではありませんでした、残念!)の元へ、 青春18切符でトコトコ何時間もかけて訪ねて行ったことがあります。 会えるまでの時間が長ければ、その分だけ会えた喜びもひとしおですね。 存分に盛り上がってくださいませ。(こりゃ!)

恋ですねぇ ネムさま

2012/05/13(Sun) 00:13 No.975
 待ちわびていたものが、気が付いたら2番目になっていた… これこそ正に“恋”ですよね。 もしかするとこの歌も“人生に恋という花がなければ、 もっと安らかだったかもしれない。でも無ければ寂しいものだ” という解釈も可能かも! なんて二人を見ていて思いました。
 大昔の話ですが(笑)携帯の無い時代、一人暮らしをした際に家には 必ずコレクトコールでかけました。今でもあるのかしらん?

桜の木で待ち合わせ 由旬さま

2012/05/13(Sun) 13:59 No.982
 携帯無い頃って互いに容易く連絡できないから、常に緊張感があったかもしれません。 その分、会えた嬉しさも格別だったかも。 尚隆と陽子もはちきれそうな想いで会っているのでしょうね。 桜は多々あれど、いつもの桜で待ち合わせ、 というところがまた情緒があって良いですねぇ。
 景麒、この時期仕事を持ち込むのを気兼ねしているところが意外に思いやりがある、 というか、やっぱり仁獣だな〜と思いました。

桜の逢瀬 桜蓮さま

2012/05/13(Sun) 21:03 No.986
 結果は分かっていたはずなのに、読み終えて「陽子さん、間に合って良かったね」 と思ってしまいました(笑)。
 お互い国を背負った立場と、現代蓬莱ほどの通信手段が発達して無い中では、 本当に逢瀬の一度一度の重みが今とは違うのでしょうね…。
 そんな二人をさり気なく応援している景麒達の様子も仄かにうかかがえて、 気持ちがほっこりしました。

ご感想御礼 未生(管理人)

2012/05/14(Mon) 22:03 No.992
 皆さま、拙作にご感想をありがとうございました!

空さん>
 そうですよね、携帯どころか家に電話すら持てない時代でございましたよね〜。 私も学生時代、電話は呼び出しでございました。 今なら考えられないですよね〜(苦笑)。
 簡単に連絡が取れないからこそ、「いつもの場所」で「長く待つ」のでございましょう。 ご理解いただけて嬉しく思いました〜。

饒筆さん>
 桜が見ているので、それほど不埒な真似はできないかと思われます(にやにや)。 そうそう、困難を乗り越えるからこそ、会えた時が嬉しいのでございましょうねぇ。 妄想を促す楽しいご感想をありがとうございました!

ネムさん>
 おお、歌に素敵な新解釈!  確かに、人生に恋がなければもっと心は安らぐけれど、恋あるからこそ、 より刺激的に生きられるのかも……。
 ございましたね、コレクトコール!  私も機械屋長期出張時には公衆電話で使えるコレクトカードなるものを持たせました(笑)。 懐かしゅうございます〜。

由旬さん>
 「いつもの桜の下で」何とか巡りあえた二人、嬉しさ格別だったことでございましょう。 遠恋の醍醐味、私的萌えでございます。
 拙宅の景麒は、主の伴侶を疎んじてはおりますが、 やはり主には幸せでいてほしいと思っているようでございますね。 その辺を感じてくださってありがとうございました!

桜蓮さん>
 互いに王だからこそ、背負うものの意味も解りつつ、 少ない逢瀬を楽しむべく頑張るのかな……なんて管理人は思うのでございます。 間に合った陽子主上を寿いでくださってありがとうございます。 景麒や表に出てこない側近たちのことも慮ってくださって嬉しく思いました〜。
背景画像 瑠璃さま
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