「管理人作品」 「12桜祭」

春慶の夢幻@管理人作品第8弾

2012/05/18(Fri) 13:51 No.1035
 皆さま、こんにちは。晴れている割に気温が上がらない北の国でございます。 13時で14℃台とは……(苦笑)。
 今年はめちゃめちゃ作品数が少ない管理人、只今ラストスパート中でございます。 取り敢えず仕上がった小品を出してしまいます。
 原作では利広と陽子主上は出会っておりません。 そして語り手は名もなき少年でございます。 捏造及び陽子登遐後末声注意! 苦手な方はご覧にならないでくださいませ〜。

春慶の夢幻

2012/05/18(Fri) 13:56 No.1036
 慶東国の春は薄紅に染め上がる。それは、蓬莱生まれだったという古の女王が、桜をこよなく愛していたからだという――。

 慶東国の春には数多くの桜が妍を競って咲き誇る。桜は慶の花。人々は皆そう言って憚らない。慶で生まれ育った少年も無論そう思っていた。
 訪れた桜の名所には、多くの花見客が集っていた。人々は様々な桜花をゆっくりと眺め、笑いさざめいている。そんな中、雑多な人混みを縫うように歩く人影が少年の目を引いた。
 皆が皆ゆったりと動いている並木道を、その若者はひとり足早に歩みを進めている。咲き乱れる数多の桜に目をやることもなく。やがて、若者はぴたりと足を止める。見つめる視線の先には、春風に緋色の枝を靡かせる優美な古木があった。
 花見の喧騒が、若者の周りから消え去った。紅枝垂れと若者はただ静寂に包まれ、聞こえるものは風にさやさやと靡く枝の音だけ。少年は思わず息を呑む。そして、桜を眺める若者を凝視した。
 どれほど時が流れただろう。もしかしたら、ほんの一瞬だったのかもしれない。しかし、少年は息を詰める時間に耐え切れず、呟くように声を上げた。
「――その桜は、古の女王の形代と言われているんだよ」
 不意に声をかけられても、若者は驚くことなかった。おもむろに頷いた若者は、桜花を見つめたまま歌うように囁く。

「彼女は、美しい緋色の髪をしていた」

 こんなふうに、と優雅に揺れる花枝に手を伸ばす若者の目は、懐かしげな色を浮かべる。その様は、若者を老いた賢者のように見せ、少年は思わず目をこすった。

「――女王を……知ってるの?」

 そんなはずはない。それでも訊かずにはいられなかった。若者はふと唇を緩め、春風のように笑う。それから紅枝垂れの古木を一瞥し、静かに歩き出した。待って、と声に出す前に、一陣の風が吹き抜け、少年は目を覆う。次に目を開けた時には、若者の姿はどこにもなかった。そこにはただ、紅枝垂れの花が揺れるばかり。
 古木は何も語らない。少年はその場に立ち尽くし、古の女王の髪のようと称された緋色の花をいつまでも見つめていた。

2012.05.18.

後書き

2012/05/18(Fri) 14:00 No.1037
 利広のお話を書こうと思っておりました。 けれども、風の御仁はなかなか口を開いてくださらず……。 諦めて近くで見ていた少年に語ってもらった次第でございます。
 陽子主上には憎まれずに登遐してほしいとの願望を籠めて。お粗末でございました。

2012.05.18. 速世未生 記

ほんとに くろまぐろさま

2012/05/18(Fri) 21:19 No.1049
 陽子さん、憎まれずに登遐してほしいですよね。 惜しまれつつの登遐で作中のように 古の女王として桜と共に語り継がれるくらいに 愛され続けるといいなあと心から思います。

幸か不幸か 饒筆さま

2012/05/19(Sat) 10:01 No.1057
 この世を去った後も愛しく思い出してもらえるなんて、陽子さんは幸せモノですねえ。
 一方の利広さん、遠く去った愛しいひとを見送りながら半永久に生き永らえる人生は 幸せなんでしょうかねえ・・・ いやはや、軟弱な私には仙の寿命を生きることはできないなあと思いました。
 感慨深いお話をありがとうございました。

無題  Baelさま

2012/05/19(Sat) 14:46 No.1063
 陽子さんが古の女王として惜しまれるだけの長い間、 なおも風のように旅する利広は、 どれだけのものをその記憶の上に積み重ねたのでしょうか。 そう思うと、古木の優美さと陽子さんの姿と同時に、 利広の経た年月もそこに重なる気が致しました。
 きっと陽子さんの名前のついた桜とかもあるんじゃないかなーと妄想しつつ、 未来の慶の春を思い描いた次第でございます。

きっと 桜蓮さま

2012/05/20(Sun) 11:13 No.1075
 桜の時期が来る度に、 利広は陽子さんを偲んでこの桜に会いに来ているのかもしれませんね。 この頃にはもう喪失の生々しい痛みも失せ、 利広の中にはただ懐かしい記憶ばかりが残っているのかな…。
 美しいお話を、どうもありがとうございました。

ご感想御礼 未生(管理人)

2012/05/21(Mon) 12:00 No.1136
 皆さま、捏造満載の末声小品にご感想をありがとうございました。

くろまぐろさん>
 長く玉座に留まった王ほど晩年は国を荒らすのが十二国記世界の常でございます。 陽子主上にはそうなってほしくない、後世でも慕われてほしいと願って已みません。 ご賛同をありがとうございました。

饒筆さん>
 玉座に縛られぬ仙だからこそできることもあるのかと……。 そして、愛しいひとに託されたものがあるからこそ生きていけるのかな、 と妄想したりいたします。 とか言いながら、私も悠久の時を生きる御仁の心は計りしれません。 幸せであればよいなとは思いますが……。

Baelさん>
 古の女王の記憶を留め、時に伝え、世を見守る。 利広にはそんな風であってほしいと個人的に思っております。 託されたものを受け止め、抱え込んで尚、笑うことができる。 世界の終わりをも見つめてほしいと願うのは管理人の我儘でございましょうね(苦笑)。
 未来の慶には陽子主上縁の桜が沢山あってほしいですね。

桜蓮さん>
 そうですね、桜を見る度に陽子を想い、 時々慶にもやってきて花見をしては懐かしむ……というところでございましょうか。 必然の別離を経て、穏やかに懐かしむ境地なのだと思います。
背景画像 瑠璃さま
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