「投稿作品集」 「12桜祭」

春ボケの情景です(笑) 饒筆さま

2012/04/04(Wed) 19:28 No.302
 こんばんは。大変な嵐が列島を通過しておりますね。皆様、ご無事でしょうか?  そしてまだお気を付けくださいませ。
 さて、再度失礼致します〜。 瑠璃様に見せていただいた南国の桜が見事だったので、 南国・漣主従のお花見を書いてみました。
 前回の切ないシリアスとは真逆の、砂吐きラブ?コメでございます。 ええ、もう「ごちそうさま」としか申せません。 しかも「キミたち一体ドコまでボケとるねん!」とツッコミたくなること必至ですので、 ハリセンをご用意してお読みください(笑)。

桜は全てお見通し

饒筆さま
2012/04/04(Wed) 19:30 No.304
 桜が咲けば、農夫は忙しくなる。
 二期作・二毛作が可能な漣国なら猶の事。こっちはそろそろ種まきだ、あっちはもうすぐ収穫だとせわしないことこの上ない。
 今日も今日とて、廉王世卓は畑仕事に精を出していた――「主上の桜がせっかく綺麗に咲いたのですから、たまにはお花見しませんか?」と誘った廉麟を待ちぼうけにして。
――主上……私よりその畝が大事なのですね……。
 さすがに一刻半も待たされると拗ねたくなる。
 いいえ! 廉麟は頭を振った。
 「もう切り上げるから。ちょっとだけ待っていてくれ」とおっしゃったのですもの。あと少し待ちましょう。夢中で頑張っておられるのに、水を差しては申し訳ありませんわ。
 懸命に働く者たちの額の汗の尊さを、誰よりも御存じなのは、やはり働き者の主上なのですから。
 溜め息をついて頭上を見上げ、今度は桜花の美しさに嘆息する。
――この樹の下でしたわね。主上に巡り合えたのは……。
 なだらかな丘の上から海と耕地を見下ろしていた桜樹は、主と共に雨潦宮へ移った今も主の畑を見守っている。
 淡く色づいた木漏れ日に、瞳を閉じれば。あの僥倖がありありと蘇ってきた。

 漣国で、すなわち常世十二国で最も早く開花する桜樹は、最果ての岬にあるらしい。
 その話を洩れ聞いたとき、なぜか胸が騒いだ。
 年中なにがしかの花が咲いている漣国だ。特に桜が好きという訳でもないのに、どうしても見に行かねばならない、そんな焦燥に急かされて空を駆けた。
 そこは海へ突き出したなだらかな丘だった。よほど熱心な開墾者がいるのだろうか、丘は半ば耕地と化し、よく耕されたふかふかの土が種たちの目覚めを待っていた。
 緑の草地が残る天辺には伝え聞いた桜樹があって――その根元に、古い紐で繋がれた老ヤギと若い男が立っていた。
 恰好からして農夫だろう。肘に穴のあいた襤褸を、無頓着に着ている。堂々たる威風も無ければ、美々しい煌めきも無い。だが廉麟には、やっと開いた一輪の桜花に手を伸ばしている彼こそが、溢れんばかりの花を咲かせているように見えた。
 迸る歓喜に背中を押され、一目散に駆け寄ってその足元へ平伏する。
「わっ!……おいおい、君、どうした?具合が悪いのか?」
 いきなり現れて地に伏せた娘に仰天し、若い農夫が跪く。助け起こそうとして肩に手をかける。そして、ニッコリ笑って顔をあげた廉麟を見、完全に動きを止めた。
「あなたが王です」
 農夫がポカンと口を開ける。老いぼれヤギがしわがれ声で鳴く(メェェェ)。春の旋風が一陣通り過ぎる。それでもまだ、彼に声は無い。
 咲いたばかりの桜花から、ひとひらの花びらが舞い落ちた。
 農夫はハッとして枝を見上げ、やたら嬉しそうに微笑む廉麟を見下ろし、困り果てて頭を掻いた。
「ええと……それ、本当かい?」
「はい。あなたさまが廉王です。どうか誓約を交わしてくださいませ」
「ああ、そういうコトか・・・って、ええええええっ!!!!」
 そんな馬鹿な、そりゃ無理だと断る農夫。あなたさましか居られないのですと詰め寄る廉麟。
 一進一退の押し問答を続ける二人の頭上で、たくさんの蕾と一輪の花がさわさわ笑っていた。

 ああ。今頃、あの丘はどうなっているかしら? 
 みんな心が温かくて穏やかな、良い里でしたもの。麒麟でなければ、私があそこに住みたかったわ――もちろん主上とご一緒に。
 麒麟でなければ……そう、私が人の娘なら。
 あなたが王です、ではなく「あなたが好きです」と伝えたかもしれませんわね。
 ええ、心のままに、あなたが好きなのです、と。
 それでもやっぱり、大切な御方は「ええと……それ、本当かい?」とお困りになるでしょうけれど。(くすくす)
 ふんわりと甘い香りに誘われ、そっと目を開ければ。
 我が身が羽のように軽くなり、花びらと共に暖かな風に乗って大空を吹き抜けた。
 あ、あそこに見えるわ! なだらかな丘。煌めく海。
 さらに広がり整備された耕地では農夫たちが鍬を振るい、女たちが種を撒く。子どもたちが大騒ぎしながら畦を走り回る。立派な畜舎に入ったヤギが首を伸ばして鳴く。
 そして、丘の上から長閑な光景を見守るのは、やはり、のびのびと広げた枝にいっぱいの花をつけた桜樹――元の樹を移植する際に挿した、細い細いあの枝が、もうあんなに大きくなったのね……

「……んりん、廉麟!」
 重い瞼をこじ開ければ、手拭いを提げた主上がこちらを覗き込んでいた。いつの間にか転寝していたらしい。
「ま、まあ主上!失礼しました」
 廉麟は慌てて起き上がる。
「ずいぶん待たせてすまなかった。でも、廉麟が昼寝するなんて珍しいね」
 世卓に明るく笑われ、廉麟はバツが悪そうに赤面した。そして敷布に胡坐をかいた主へ、手籠に盛った弁当を差し出す。茶を注ぎながら白状する。
「主上に初めてお目にかかった、あの丘を夢見ておりましたの。きっと、この桜が夢を見せてくれたのですわ」
「そうか」
 世卓は弁当を持ち上げ、破顔した。
「いや、あのときは仰天したなあ。なにしろ天女のように美しいひとが――君のことだよ、廉麟――いきなり来て、『あなたが好きです』と言うんだから。信じられなくて聞き返すしかなかったよ。聞き返したら、もっと仰天したけれどね」
――え?
「そんな! 私は『あなたが王です』と申し上げましたよ?」
「いいや、それは聞き返した後だ。最初は確かに『あなたが好きです』だったよ、廉麟。君は麒麟だから、きっと王を見つけて嬉しかったんだろうね」
 衝撃で目が回る。
 い、一番大切な場面で、そんな恥ずかしい失言をしたなんて……!!
 廉麟はさらに耳まで赤らめ、頬を押さえて肩を落とす。
 しかし。
「でも嬉しかったよ」
 世卓は手弁当を頬張りながらニコニコ笑った。
「何度も言ってくれたよね。私にも漣国にも俺が必要なんです、とか。私も精一杯お手伝いしますから、どうか一緒にこの国を鎮めましょう、とか。君は『天命だから従え』とは決して言わなかった。
 あのとき、最初は王様なんか絶対に無理だと思ったから、断固拒否するつもりだったんだけど。次第に、君がここまで言ってくれるのだから、もしかしたら俺にもできることがあるのかなと思えてきたんだ。うん。今の俺が在るのは、きっと廉麟が俺を好きだと言ってくれたからだよ。ありがとう」
 だから俺も、廉麟に呆れられないようにしなきゃなあ。ははは。
 茶を啜りながら垂れる反省の弁には、サッパリ現実味が無い。それでも廉麟は瞳を潤ませ、目頭を押さえた。
「嬉しい……本当に嬉しゅうございます、主上」
 今までの苦労(イロイロあったでしょうね)が全て吹き飛ぶようだ。
 にっこり微笑み見つめ合う二人の元へ、風も無いのに、一輪の花がくるりくるり回りながら落ちて来る。
 廉麟は世卓についと寄り、その髪に着地した花を取ってあげながら、もう一度心を込めて奏上した。
「私はやっぱり、主上がとっても大好きですわ」
 そしてやっぱり主は困って頭を掻いた。
「ええと……それはもっと頑張れってことなのかな?」

<了>
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背景画像 瑠璃さま
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