「投稿作品集」 「12桜祭」

私も名残惜しゅうございます Baelさま

2012/05/20(Sun) 23:09 No.1119
 未生様、今年も素晴らしいお祭りを有難うございます&お疲れ様でございました。 皆々様の美しい花々を拝見して春を満喫できるのも、こうしてお祭りあればこそ。 桜は散ってしまいますが、積み重ねられた華やかさに、 一年分の幸せを満喫させていただいた気分でございます。
 そして、美しい創作や写真等々寄せられ、楽しませて下さった皆々様にも、 心から感謝を。 ……地層を掘り返しながらなかなかコメントも寄せられず、 一方的に楽しませていただくばかりなのが非常に心苦しゅうございますが、 本当に有難うございました。
 ……と、そんな感謝の気持とお祭りの華やかさに比して 前作が異様に湿っぽかったせいか、ぽんと脳内ジャックされたので、 最後にもう一作だけ寄せさせて頂きました。

待桜花

Baelさま
2012/05/20(Sun) 23:09 No.1120
のどかな昼下がり。回廊を渡りながら時間が惜しいと忙しなく政務の話をしていた筈が、いつの間にか足が止まっていた。
くつりとやや斜め後ろから楽しげに笑う声が零れる。
陽子は横目でじろりと睨むつける。その視線を受けた浩瀚は、詫びるように拱手してみせた。だが、怜悧な目元は未だ笑っていた。
「……いえ、習慣とはなかなかに抜け難いものでございますね」
「いい加減、諦め悪いとは分かっているよ」
むぅっとふくれっ面をしてみせながら、陽子は回廊の外へと目をやった。
そこにあるのは、花がすっかり散り落ちて、葉の芽の赤が枝々に色づく桜の木だ。ほんの一輪、二輪。花がほころびた時から楽しみに見上げ、満開になった様を楽しみ、散り落ちるのを惜しんだ。回廊を行く足もその度に止まり、浩瀚や虎嘯は何度それに付き合わされたことだろう。
花が終わってさて酔狂も終わりかと思えば、習慣のせいでまたも足を止めてしまったのだから、笑われても仕方がない。
拗ねて見せながらもそう言えば、否と浩瀚は頭を振った。
「今年の春は随分と勢いが良うございましたから」
「そうなんだよな」
大きく溜息を吐いて、陽子は頷いた。
頃合いになってもなかなか暖かくならず、まだまだと思っている間に一気に春めいた今年。勢い良く花開いた桜は、満ちたと思う間に散ってしまった。
それが惜しいと、陽子は再び溜息を吐く。
「明日ありと思う心の仇桜、とはいうけどさ。……せっかく、夜桜見物でもしようと思ったのにな」
「夜半に嵐の吹かぬものかは、でございますか。まさにどのような嵐があるかも分かり兼ねます。主上が夜間にお出になるのは……」
「お前のところでも駄目?」
くるりと振り向いて見上げると、浩瀚は僅かに瞬いた。その瞳に映る陽子の翠は悪戯に笑っている。
それをまっすぐに見返した男は、ふと微笑むと、静かに手を伸べた。
「うわ」
ばさりといきなり落ちてきた自身の紅色の髪に、陽子は思わず瞬く。女官達が複雑に結い上げた髪は、浩瀚の手が簪一本引き抜いただけで、あっという間に崩れてしまった。
鬱陶しげに髪を払うと、陽子は浩瀚を睨む。
「ちょ……何するんだ」
「嬉しいお言葉ではございますが、主上。その折の嵐に髪を崩されたとしたら如何なさいます」
「……そんなこと言うなら、絶対、お前の前で着飾ってなんてやらん」
「それはそれで残念でございますね」
涼しげな声で受ける浩瀚が何処まで本気か、よく分からない。陽子はふいとそっぽを向いた。
その髪が、背後からゆっくりかき上げられる。
「もっとも、主上の御髪は無造作に一つにまとめられただけでも、十分にお美しゅうございますが」
男の長い指が、陽子の髪を滑り、耳元を過ぎる。思わず首をすくめながら、陽子は「浩瀚」と鋭く呼んだ。
「人目に立つぞ」
「主上の御髪が悪戯な風に崩されてしまったので、お直ししているだけでございますよ」
「……随分とたちの悪い風も吹くもんだ」
「左様でございますね」
くつくつ笑う浩瀚の声の響きに、陽子はまったくとぼやく声を沿わせてみせる。
だが、意外にそれが嫌そうに聞こえないことも知っていた。
「大体、お前のことだ。女官達と同じくらい器用に女の髪を結ってみせるなんて芸当も、実は出来るんじゃないか?」
「さて、どうでしょう。……ご確認下さいますか?」
言いながら、浩瀚の手は先程とほぼ同じ位置に簪を据えた。
陽子は振り返りながら、ゆっくりと頭を振ってみる。先刻まで、僅かに攣れるような感覚のあった髪が、今はもうすっかり軽くなった。むしろ女官達より器用なのかと、ほんの僅か呆れた表情を浮かべてしまう。
そんな器用な男は、振り返った陽子に「如何ですか」とにこやかに問いかけた。
「これならば如何な嵐が参っても問題はないかと。ちなみに、私の官邸の庭では、今は白い躑躅が美しゅうございますよ。夜に見れば尚更に艶かしいことでしょう」
「つまり、嵐が来るのは大前提なのか?」
「どうでしょうか。自然の則など、人の身で図れるものではございませんね。神籍におわす主上にならば則を定めることもお出来になるでしょうが」
「……そんなことを言うのなら、来年の夜桜を見に行くまで、嵐に向かって出歩くのは控えようかな」
後が怖いと呟いてやると、浩瀚は「主上の思し召しのままに」とさらりと返した。だが、その表情は相変わらず涼やかに微笑んでいる。
陽子は片眉を上げて、そんな浩瀚を睨んだ。
「浩瀚はそれで構わないのか?」
「お気づきではございませんか?」
問いに問いで返されて、陽子は「何に?」と首を傾げた。浩瀚はくつりと笑う。
「花の種類はさておいて、我が邸によるいらっしゃることが、既に確定事項として語られておりますが」
「……あれ。いや、それでもいいんだけど……」
そうなんだけど、自分から振った話なんだけど、と。陽子は首を傾げながらも顔をしかめる。
浩瀚は、相変わらず穏やかに微笑みながら、陽子の髪をついと撫でつけた。
「成程、そうして来年の桜花を心待ちにするならば、私も主上と同じく回廊にて足を止めざるを得ないというわけでございますね」
楽しみにしておりますと一歩後ろに下がった浩瀚に拱手をされて、陽子は「何か丸め込まれた気がする」と、もう一度溜息を吐いてみせた。
「まあ、いいけど。……結い直してもらったおかげで、頭は軽くなったし」
しかし、ここで足を止めるのが完全に習慣化してしまう気がするなと思いながら、陽子はもう一度だけ、視線を桜の枝に向ける。
背後に穏やかに添う男の気配。それが、来年。桜が再び咲いて舞う頃にもあることを、疑いなく信じられる。それはきっと幸せなことだろう。
「……面影に恋ひつつ待ちし桜花、か」
「主上?」
「いいや。……行こうか」
「はい」
戯れるような言葉は花のない桜に添える花のようにその場に残して、陽子は再び歩き出す。
ただその口元に、小さな笑みが消えることなく浮かんでいた。
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