「投稿作品集」 「12桜祭」

頬袋 griffonさま

2012/05/20(Sun) 23:34 No.1126
 #海様作 #993 さくらびと  への連鎖妄想です。 桜祭のラストになにかUPをと色々考えたんですが・・・

頬袋

griffonさま
2012/05/20(Sun) 23:35 No.1128
 玄英宮掌客殿に程近い路亭の中から、談笑する声が聞こえていた。少年と思われる程の声の主は二人。すでに葉桜となり、緑の葉が生い茂っている玄英宮一の桜の老木について話し合っているようだった。
「待たせたな」
大きな玻璃の盃を右手に抱えて、尚隆が路亭に現れた。床几の陽子とその前の石案に胡坐を組んで座っている六太は、話を止めて尚隆に顔を向けた。房室に入るなり、尚隆は石案の上の六太を押しやると、その玻璃の盃を載せた。盃の大きさは、六太が両腕を回して届くかどうかと言う程もある盃の中は桜の実でいっぱいになっていた。よく見ると、桜の実は柄から外され、半分に切った上に種も綺麗に外されていた。
「初物だ」
 尚隆は、陽子の隣の床几を引き寄せると背凭れに身体を預けて深く座り、話題のお化け桜のものだと付け加えた。
「お勤め、ごくろう」
 石案に再び座り直した六太が、鷹揚に言う。
訝しげに頚を傾げた陽子が、尚隆に視線を向けた。
「いつだったか、うちの桜の話をしたことがあったろう。あれには後日談があってな」


「誰かっ。どなたか黄医を。台輔がっ」
 広徳殿の厨房に隣接する房室から、女御の慌てた声が響いた。房室の中央にある大卓の足元に、六太は倒れていた。大卓の上には、桜の実の山があり、その実から外されたのだろう柄が別の山を作っていた。その傍に木の盃が置かれてあった。盃には桜の実と刀子が一本入っていた。
 女御の声に人が集まる。顔色を無くした大僕が黄医を呼びに走っていく。それと入れ違いに、沃飛に抱えられた黄医が房室に到着した。
広徳殿の六太の臥室に尚隆が現れた時には、ばつの悪そうな顔をした六太が、絹の衾に包まっていた。
「いったい何をしでかしたんだ」
 尚隆が声をかけても、絹の衾に包まったまま背を向けていた。
「あの房室で何かあったのであれば、あの房室の近くに居た者達や、お前を一人にした者達はその責を負うこととなる。麒麟が傷つけられたのだ。それ相応の責となれば、まぁみんなまとめて死罪と言う事になろう。死を申し付ける側に立つ俺や賜るやつらにも、何が起こったのかくらいは教えてやっても良かろう」
 死と言う単語に跳ねるように反応した六太は、絹の衾から這い出てきた。
「誰も悪く無いんだ。悪いのは俺なんだ」


 神妙な貌をした陽子は、黙ったまま六太を見つめた。石案の上で胡坐をかいている六太は、尚隆が持ってきた玻璃の盃から、桜色の酒を陽子に振舞うために尚隆が持ってきていた酒盃に桜の実を移して差し出した。
「いやほら。桜桃って食いでが無いだろ。それでさ。柄取って実を半分にして種とって、ほっぺたが痛くなるくらい頬張って食ってみたくなってさ。こっそり刀子で種とってたら……指切っちゃったんだ。自分の血で斃れてりゃ世話無いよなぁ」
「で、それから桜桃の種取は、王の重要な業務になったとさ。碌でも無い食欲で勝手に斃れられてはかなわん……と言う事らしい」
 全く悪びれる風のない六太と、息子の過去の悪戯を楽しげに話す父親のような尚隆。ただ呆れるだけの陽子。窓を開け放った路亭の中で、三様の表情の三人に、等しく初夏の風が吹き抜けていく。

−了−
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