「投稿作品集」 「13桜祭」

乳母桜 griffonさま

2013/04/16(Tue) 00:25 No.283
 #146 瑠璃様作 音−ne−  への連鎖品です。 とは言え、笛を吹いてるシーンは出てまいりません(^_^;)

乳母桜

griffonさま
2013/04/16(Tue) 00:26 No.284
 臥山と言う山がある。
 十二の国とその真ん中に人外の地を持つこの世界では、「山」と言えば普通、天に向かって立つ巨大な岩の柱のような偉容を誇る地形を言う。その中でも最も巨大なものは各国に一柱づつ、その国を治める王の住まう山だ。それとは別に雲海に届くか届かないかの「山」には、時折飛仙が住みつくことがある。王の身内であったり、大いなる助言者や協力者であったり、かつてはそうであったが疎まれ、体よく丁重に放擲された者が、洞を構える。その多くは下界の人々と交わることは殆ど無いようだ。
 臥山の洞を芥沾洞と言う。主は芥沾君と号すが、もう既にその本当の名を覚えている者は少ない。先々代の景王――比王と謚されている――の母親であり、その登極の折に王の家族として金波宮に入るを恐れ、只人として留まろうとしたと言う。それでもと、王となった娘に請われ、辺境の臥山の洞に入ったのだった。

「洞主様」
 開け放たれたままの朱塗りの大扉を避けるように入ってきた娘が、細い金の鳥篭を抱えていた。
「おや、来ましたか」
 洞主と呼ばれた女性は、飛仙と呼ばれるには質素な襦裙を纏い、大きな螺鈿細工の方卓の前に座っていた。見た目の年齢に相応な華やかな色合いであるだけに、鳥篭をかかえた娘の襦裙のほうが洞主である女性のものよりも高級そうに見えるほどだった。方卓の上には白磁の茶盃があり、幽かに湯気をあげていた。
「主上からでございます」
 房室の隅にある樹木を模した漆塗りの飾りに篭をかけ、緩やかに握った左の手に鸞を載せると、娘は洞主へと恭しく差し出し、懐から錦の巾着を取り出した。
 洞主は巾着の中から銀の粒をつまみ出すと、鳥に与えた。
「これから伺います」
 鸞は若く力強い女性の声で、一言だけ、簡潔に、放り投げるように言うと黙ってしまった。
 苦笑いを浮かべた洞主は、同じく少し呆れたような笑みを浮かべた娘と目を見合わせた。
「お迎えの準備が間に合え……」
 娘がそう呟くと同時に、彼女の後ろから早足で近づく履音が聞こえてきた。
「間に合いませんでしたね」
 洞主は、笑い声を含めながら言った。
「それでも、ずいぶんマシにはなりました。以前は鸞の先触れのようにいらっしゃってましたもの」
 娘のその言葉が終わると同時に、その履音は房室へと入ってきた。


 三人は、木材に布を張っただけの簡単な榻に並んで腰掛け、白端の茶をすすりながら露台から眼下を眺めていた。大きな玻璃で囲まれた露台は、風が吹き付けることも無く、霞のような淡い雲が掛かるだけの陽気に、すこし汗ばむほどだ。玻璃越しに見える眼下――臥山の中腹 には、大きな真っ白い綿帽子を被せたような一角があった。臥山の中腹の四分の一ほどを覆っているのだから、巨大と言っても差し支えはないだろうその白い綿帽子を陽子が初めて見たのは、登極後の飛仙へのあいさつ回りでこの臥山に来た時だった。表情に出したつもりは無かったのだが、格式ばった礼典に辟易とした様子を見破られたのだろう、芥沾君がこっそりと陽子をこの玻璃で囲まれた露台に連れ出してくれた。その日は、今日座っているような簡素な榻ではなく、豪奢な椅子を勧められたが、龍の透かし彫りの入った巨大な漆塗りの椅子にはとても腰掛ける気にはなれず、立ったまま見るとも無くその綿帽子を眺めていた。
「あれは臥山の乳母桜ともうします」
 芥沾君が隣に立って教えてくれた。


 ――達王よりもずっと以前の頃。慶東国として初めての女王が登極された。その王には幼い娘があった。王は娘を乳母に任せることが多くなりはしたが、王として母として、忙しい日々を過ごしていた。娘が十四になった春。突然の病に罹り、仙籍に入っていなかった娘は生死をさまよう事となった。
 乳母が手を尽くして調べると、臥山に棲む飛仙が、妙薬を持っていると知った乳母は、飛仙の元を訪ねた。
 臥山の飛仙は、その他人である娘は乳母にとってどれほどの存在なのかと訪ねた。乳母は、自身の命と引き換えにしても助けたい存在だといい、妙薬を分けて貰えるのならば、命を投げ出しても良いと言った。自身の命と引き替えるようなものなどあろうか、証拠を見せよと言う飛仙に、笑顔を向けた乳母は、妙薬と引き替えの約束を取り付けると、露台から身を投げた。
 飛仙は約束を守り、金波宮に妙薬を届け、王の娘は助かった。
 それ以降、臥山の中腹には、その乳母の乳のような純白の桜が咲くようになったと言う。


「主上と乳母桜を眺めるのも、今年で最後でございます」
 芥沾君は、にっこりと微笑んで言った。
「その事で来たのだ。仙籍を返上すると」
「はい」
 陽子は、隣で茶を一口含んで、再び微笑む芥沾君に、縋るような貌を向けた。
「元々私は、娘に請われて仙となりましたが、娘を諌めることも出来ず、何かお役に立てるわけでもなく。予王様にも登極のおりに仙籍返上の上奏はさせていただいてはいたのですが」
「そんな事は無い。少なくとも私にとっては貴女はこちらでの母のような」
「身に余るお言葉をいただき、身の縮む思いです」
 実際、陽子は登極以降、乳母桜を眺めるためこの時期には必ず現れていた。それとは別に、忙しい公務の合間をぬっては通っていた。
「王ではなく、ただ人としてわたしと接してくれる数少ない方のうちのお一人なのに」
「このままご厚情に甘えては、私が『子離れ』出来ませんから」
 芥沾君はそう言って笑った。
 言葉は一線を引いているが、芥沾君は陽子を実の娘のように大切に扱っていた。陽子もその愛情に甘えていた。
「親離れせよと」
「ひととこに飽いたのです。十二国をぐるりと巡って来たいと思います。巡り終えたら、御身をお尋ね申し上げます」
「ほんとうに?」
「はい」
 そう言うと芥沾君は隣に座った娘に目配せをした。席をたった娘は、玻璃の露台を出て行った。
「十二国を巡るって」
「なにか伝があるわけではございませんが、色々と検分してまいりたいと思っております」
 なにか必要なものはと言う陽子に、芥沾君はやんわりと断りを入れた。それでも旅券の裏書だけはさせろと言う陽子に、最後は折れた。暫くして、先ほど出て行った娘が、細長い帆布のような素材の袋をもってきた。それを受け取った芥沾君は、そのまま陽子に手渡した。
「私からのお礼の品です」
 細長い袋を開けた陽子は中を覗き込む。右手の指先で摘むと、ゆっくりと引き出した。
「私の知り合いに作っていただいたものです。硬玉製の龍笛でございます。木管と違い少し硬い音がいたしますが」
「わたしに?」
「はい。たまには音曲に触れられるのも良いかと思い、作らせました。演奏には少し練習も必要でしょうが、金波宮には楽士もいらっしゃるでしょうし、教師には事欠かないでしょうから」
 硬玉の龍笛を胸に抱いた陽子は、眼下の乳母桜に目をやった。
「貴女が十二国を巡って帰る頃には、鑑賞に堪える演奏が出来るよう、練習しておきます。ここで乳母桜を見ながら、一曲演奏出来るよう。必ず帰ってきてくださいね」
 芥沾君は、曖昧な笑顔を浮かべて、陽子を見るだけだった。

―了―

乳母桜 −いいわけ− griffonさま

2013/04/16(Tue) 00:35 No.285
 陽子が笛を手に入れる状況を書きたかっただけです(^_^;)

 芥沾君については、なんか書いときたいなぁと以前から思ってはいたのですが・・・ 時間が無さ過ぎて、かなり消化不良になってます。
 乳母桜のエピソードは、僕の地元にある「乳母桜」のものを改造して使ってます。 たしか・・・小泉八雲の怪談にもこの乳母桜のエピソードは題材として使われてたと 聞いてますが・・・。

 もっと暖めないと駄目だなこれはと思いつつ、 これ以上暖めてるとたぶん4000文字超えそうだし、書きあがらないだろうし。
 ってことで、こなれていないラフのような状態でとっても恥ずかしいのですが・・・
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背景画像「四季の素材 十五夜」さま
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