「管理人作品」 「16桜祭」

来訪者@管理人作品第5弾

2016/05/14(Sat) 20:51 No.608
 皆さま、こんばんは〜。いつも祭にレス及び拍手をありがとうございます。

 本日の北の国、最低気温は9.2℃、最高気温は20.6℃でございました。 日中は上着を着ると暑く感じます〜。

 それでは開花情報でございます。
 5/13に釧路のえぞやまざくらが満開となりました。

 釧路の満開は平年よりも1週間早いそうでございます。 それでも昨年よりは5日遅いそうですが。
 桜が散ると、我が街も新緑が萌え出します。花の香りも漂います。 私は残念ながら沈丁花や金木犀の香りをよく知りませんが、 北の国ではこれからライラックやハリエンジュが香りますよ〜。

 さて、ラストスパート中の管理人、漸くひとつ仕上げました。 本領発揮の末声物、オリキャラ視点でございます。 陽子登遐後、浩瀚は既に金波宮を辞して野に下り、義塾の老師になっております。 大丈夫な方のみご覧くださいませ。

来訪者

2016/05/14(Sat) 20:55 No.609
 薄紅の花が匂やかにほころびる。今年もこの季節がやってきた。ずいぶん背が高くなった桜の樹を見上げて微笑する。この義塾に通い始めてから、かなりの時が経ったのだ、と。

 慶東国の春は、薄紅の花に包まれる。古の紅の女王が好んだ桜花は、いつしか国中に植えられ、慶の春を彩った。桜は慶の花、と言われるほどに。
 そんな桜花が堯天の一角にある義塾の庭にも花開く。風が吹く度に舞い散る花びらを眺めていると、歩いていた若者が足を止めるのが目に入った。若者は笑みを浮かべて桜を見上げる。時折舞い降る花弁に手を伸ばしながら。やがて。

「浩瀚はいるかい」

 若者は親しげに話しかけてきた。人懐こい笑顔だが、馴れ馴れしい口調が警戒心を抱かせる。この義塾の老師は高名だ。その学識と為人に惹かれ、徒弟として通い続ける身としては、師を呼び捨てる者に敵意を持って当然だろう。
「――老師は中におりますが」
 言葉遣いは丁寧ながら語気鋭く応えを返す。名を名乗れ、でなければ取り次がない。そんな意志を籠めて睨めつける。しかし、若者は全く頓着しなかった。笑みを深めて口を継ぐのみだ。

「古い知己だよ。会えば分かる」

 柔和な態度ながら若者は揺るぎない威厳を醸す。しばし見つめあった後、私は目を逸らし、黙して踵を返した。気圧された悔しさを滲ませながら足早に歩き出す。見たところ二十歳そこそこの若造が、老師の古い知己。そんなはずはない。そう思いつつも、私は妙な既視感を覚えていた。

「老師、お客さまがいらっしゃいました」
 師の書斎に辿りつき、衝立の陰から声をかけて軽く頭を下げる。書卓に向かっていた老師は鷹揚に頷いた。そのまま立ち上がった老師は、客人を認めて大きく眼を瞠る。
「──やあ、久しぶり」
 若者はそんな老師を楽しげに見やり、片手を挙げて軽く声をかける。老師は苦笑を浮かべながらも若者に恭しく拱手した。

「これはこれはお珍しい方のお見えだ」

 古いかどうかはともかく、老師の知己、という名乗りは嘘ではなかった。しかも、老師が遜っている。私は少なからず驚いた。老師は慇懃に若者を招き入れて私を振り返る。
「後は私がするから退りなさい」
 そのまま扉が閉められる。茶を差し入れて様子を窺う、という目論見は見事に阻止された。退れ、と言われたからにはこの場に残って聞き耳を立てるわけにもいかないだろう。私は溜息を呑みこみ、再び外へと向かった。

 桜花は変わらず花びらを散らす。毎年この花を眺める老師を見つめてきた。慶の民は誰もが心に己の桜を持つ。そう言ったのは誰だっただろう。飽かず桜を見上げる老師を見つつ、私が思い出すものは、幼い頃に見た紅の枝垂桜だった。古の紅の女王の形代と称された古木。あの花を見る度に、胸に浮かぶ、見たこともないはずの女王の幻――。

 ほどなく若者が外に出てきた。茶を一杯飲むくらいの時しか経っていない。若者は満開の桜の前で足を止め、ほころぶ花を静かに眺めた。葉擦れの音しかしない静謐な空間。またも既視感に捉われて、私は目を瞑る。鮮やかな紅枝垂れに見入る横顔、そして歌うように返された応え。

(彼女は、美しい緋色の髪をしていた。こんなふうに)

 眼を開けて若者を凝視する。あれは、遥か幼い日の出来事だった。目の前の若者は、あの時と寸分違わぬ姿をしている、あれから何十年も経っているというのに。
 若者はおもむろに顔を向ける。私は掠れた声で問いかけた。
「――前にも、いらしたことがありますか」
「ここへは初めてだよ」
 簡潔に返された応え。それでは、堯天に来たことはあるのだ。私は問いを重ねた。
「紅枝垂れを……ご存じですか」
「彼女の髪のような桜だね。知っているよ」
 若者は柔和に笑う。あの時と同じ笑みだ。私は意を決して若者を見据えた。
「私は……あなたにお会いしたことがあります。もっと幼い頃に」
「――そんなこともあったかもしれないね」
 私は旅人だから、と続け、若者はふわりと笑う。それは、老師をも凌ぐ、悠久を識る者の貌だった。
「あなたは、いったい……」
 若者は笑みを深め、片手を挙げる。そして、私の問いかけを最後まで聞くことなく去っていった。待って、と声をかけたかったが、私の身体は動かない。ただ、黙してその背を見送るばかりだった。

 やがて、老師が現れていつものように桜を見上げた。私は微笑を浮かべた皺深い横顔を見つめる。老師は私に眼を移した。その声なき問いに答える。
「――昔、あの方にお会いしたことがあります。古の紅の女王を、彼女、と呼んでおられた」
 老師は僅かに眼を瞠る。それから、柔らかな笑みを浮かべた。私は老師の言葉を待つ。老師は再び桜を見上げ、静かに口を開いた。

「――あの方は、私の主が風と呼んでおられた、悠久を旅する方だ」

 老師は穏やかに笑んでいる。その貌は先程の若者と同じ静謐さを帯びていた。私もまた満開の桜花を見つめる。その薄紅の重なりの中に、鮮やかな紅がひっそりと佇んでいた。誰も諡号で呼ぶことのない麗しき女王は、桜と共に人々の胸に宿るのだろう。顔も知らぬそのひとを悼み、私はそっと瞑目した。

2016.05.14.

後書き

2016/05/14(Sat) 20:57 No.610
 連作の一部、しかも捏造満載の小品でで失礼いたしました。 雰囲気で読んでいただければ幸いでございます。 「追憶の果て」徒弟視点ともいえる代物ではございますが。
 多少解説いたしますと、主人公は「春慶の夢幻」の少年、「花散時」の青年、 今回は中年になっております。

 三人称「少年」「青年」で書きましたが、今回さすがに「中年」で書くわけにいかず (「中年は思った」とか書いて自ら吹きました……)一人称にした次第でございます。

 さて、祭も今日を含めてあと9日。皆さま、最後まで足掻いてくださいね(笑)。 あなたの素敵な桜をお待ち申し上げております。

2016.05.14. 速世未生 記

Re: ラストスパート中 ミミズのミーさま

2016/05/15(Sun) 11:59 No.611
 末声ものは切ないけど結構好きなんです。
 在りし日の華やかな思い出も埋もれた古代の栄光も踏み越えて飄々と渡っていく利広は 確かに風だと思います。

Re: ラストスパート中 篝さま

2016/05/15(Sun) 16:24 No.615
 「誰も諡号で呼ぶことのない」というくだりに、 ああ陽子主上はいつまでも皆の中で愛される存在なのだなと思うと、 嬉しくも切ない思いでいっぱいです…。
 古の紅の女王、何とも素敵なフレーズに、口に出して繰り返したくなります。 でも「古の」とつくくらいの年月が経っているのかと思うと、また切なくもなり。
 情景がありありと思い浮かべそうな素敵な作品をありがとうございます。

ちゅ、中年だって思っていいんだよ…… 饒筆さま

2016/05/15(Sun) 23:41 No.616
 すみません、本来は末声の余韻に浸るところを、 「中年は思った」の一文に大笑いしてしまいました(ぷぷぷ)  中年だって、物思ってもいいと思います!(笑)
 この主人公も、人生経験を積んでこその洞察と深い感慨を得ていますもんね〜。

 それにしても、諡号で呼ばれることのない女王かあ……きっとそれに値する実績があって、 そこほど親しまれているなんて本当に素敵なことですね。頑張ったんだなあ陽子さん……。
 それにしても一瞬、●リー・ポッターの「名前を呼んではいけないあの人」 みたいだなあと思ったのは間違いなく気の迷いです(重ねてすみません!)

ご感想御礼 未生(管理人)

2016/05/16(Mon) 00:35 No.618
 皆さま、拙作にご感想をありがとうございました〜。

ミミズのミーさん>
 末声物を受け入れてくださりありがとうございます。
 利広には風のように世界を渡っていってほしいと思っております。時が許す限り……。

篝さん>
 「誰も諡号で呼ばない」というのは諡号をつけられない私の願望でもございます(苦笑)。 古の紅の女王、お気に召してくださり嬉しく思います。 ほんと古ってどれくらいの年月のことを言うのでしょうね。 考え始めると、頭がフリーズいたします。辛い……。
 情景を思い浮かべてくださってありがとうございました!

饒筆さん>
 「少年」「青年」は大丈夫なのに、 どうして「中年」だと笑いが込み上げてしまうのでしょうねぇ。 実は書くのにすごく苦労したのでございます、中年が使えなくて(笑)。
 陽子主上に諡号をつけられない私をお笑いくださいませ……(号泣)。 「名前を呼んではいけないあの人」もよいですね。うん。

桜の思い出 桜蓮さま

2016/05/16(Mon) 05:14 No.620
 去ってもなお、これほど慕われる陽子さんに涙…。
 そして、様々なものを抱えながら世界中を放浪する利広と、 彼女亡き後もずっと慶を支え続け、 とうとう野に下りた浩瀚の心情を考えると切なくなります。
 でも二人とも、桜を見て思うのは、切ないだけじゃなく、 きっと陽子さんとの懐かしく温かい思い出でもあるんですよね…。
 美しいお話をどうもありがとうございました。

ついに ネムさま

2016/05/16(Mon) 22:48 No.627
 北の果てまで桜が届きましたね。 お祭りもあと少しと思うと寂しいですが、辿り着いたという気持ちもあります。
 このお話の利広は、一体どこまで行くと“辿り着く”のでしょうか。 (そう言えば、彼が生きているということは、奏は王朝記録更新中なのかしら?  それならいいけど)
 さて、中年までいったのなら、実年、老年まで行ってほしいです(笑)  その時はどういう会話を紡ぐのでしょうか。 楽しみにしてますね。

切ないけれど… 庚藍さま

2016/05/18(Wed) 20:54 No.653
 陽子が過去の人となった慶を想像すると寂しい気持ちになりますが、 こんな風に新たな世代の民に別の形で愛されていたら素敵です。
 利広は相変わらずあちこち放浪してるんですね(笑)

ご感想御礼 未生(管理人)

2016/05/19(Thu) 23:57 No.678
 拙作にご感想をありがとうございました〜。大変遅くなって申し訳ございません。

桜蓮さん>
 ご感想を拝見して私も切なくなりました(泣)。 国を荒らすことなく去った陽子主上に託されたものを、 利広も浩瀚もそれぞれ負って生きているのだと思います。 桜の中に、かのひとと過ごした日々を思い浮かべながら……。
 こちらこそご共感ありがとうございまいた。

ネムさん>
 はい、思ったよりも早く桜前線が終着してしまいました(苦笑)。 切なさと嬉しさと焦りとが混ぜこぜになっております管理人でございます。
 ああ、妄想を誘うお言葉を……! いつか利広が辿りつく先を書けたらと思います。
 そして中年になった徒弟氏にエールをありがとうございます。 老年になってなお風の御仁と語ってくれたら私も本望でございます。

庚藍さん>
 実は私も(書いておきながら!)陽子主上のいない慶を想像するのは辛うございます (でも書かずにはいられない/泣)。 国を荒らすことなく去った故に人々に語り継がれる名君主であってほしいとの 願望にございます。
 利広についてはあまり表に出せない捏造に満ちた妄想を抱いております。 そのうち書いてみたいと思います(いつ/笑)。

こんなところでご挨拶 ひめさま

2016/05/22(Sun) 23:37 No.761
 No.609 来訪者@管理人さま作品第5弾

 「慶の民に不羈の民になってほしい」と思っていた陽子。 陽子登遐後、不羈の民となった「慶の民は誰もが心に己の桜を持つ。」
 そんな情景を何とかできないかと思っていたのですが、 結局まとめることができませんでした。

 もう時間的にも無理なようです。 こちらで祭りに参加させていただきありがとうございました、 とご挨拶をさせて頂きます事をお許しください。

ありがとうございます 未生(管理人)

2016/05/23(Mon) 20:38 No.793
ひめさん>
 慶の民は誰もが己の心に桜を持つ。このフレーズは気に入っていてよく使います。 ひめさんにもお気に召していただけたようで嬉しいです。
 今年も祭をお楽しみくださってありがとうございました〜。
背景画像「MIX-B」さま
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