さくらがり
饒筆さま
2016/04/17(Sun) 23:59 No.386
酔った祥瓊は可愛い。
すぐ隣で銀盃に紅唇を付ける乙女を見遣り、桓堆はその目を細める。
もちろん元は公主だから慎み深く少量しか嗜まないが、軽く酒精が回っただけで麗しい紫紺の瞳がキラキラ輝き、やたら快活になり、よく笑い、雲雀が歌うようにおしゃべりしてはくるくる表情を変える。
――ホント可愛い。(でれっ)
最近では肴なんか無くても、祥瓊を侍らせているだけで酒が進むようになった。(ご馳走様です将軍)
今宵、太師邸での気の置けない宴でも、桓堆は祥瓊の隣を譲らない。
ところが、一方の祥瓊は桓堆の思いを知ってか知らずか、彼に半分背を向け、陽子や鈴たちと女子トークで盛り上がってばかりいた。
――つまらないな……(チェッ)
このまま拗ねて手酌を続けるか、席を移るか……痺れをきらした桓堆が本気で悩み始めたとき、ようやく祥瓊がくるりと振り返り、胡坐をかいた彼の膝に縋った。
「ねえ桓堆」
ぱちり。長い睫毛が上下し、星を宿した瞳が他ならぬ桓堆だけを映す。
――やっときたか。
桓堆はにやりと笑って耳を寄せた。
「ん?なんだ、祥瓊」(鼻の下が伸びていますよ将軍!)
艶やかな桜桃に似た唇が思わせぶりに開いた。
「さくらがりに行きましょうよ」
「ええっ?!」
いきなり?!桓堆は面食らい、慌てて左右を伺う。
「……今はまずいんじゃないか?まだ素面の御仁もいるし……」
「でも、お月様がこんなに明るいのよ?きっと夜桜が綺麗に違いないわ」
祥瓊は身を乗り出して食い下がってきた。桓堆はつい、口元を緩める。
「桜の下がいいのか?随分風雅だなあ」
「桓堆が無粋すぎるの!いくら武人でも季節の情趣くらいはわかるべきよ」
「そうかな」
小難しい話はご勘弁だが、可愛い祥瓊の頼みなら断れない。
「ねえ……行きましょ?」
上目遣いで念を押されれば、もう堪らず桓堆は腰をあげる。
「ああ。じゃあ出るか」
しかし。祥瓊の繊指は彼の袖を掴んだ。
「待って!陽子たちも誘うから」
「は?」
桓堆は吃驚の声を漏らす。(今夜二度目)
「二人きりじゃないのか?」
「二人きり?それもいいけれど……やっぱりみんなで行った方が楽しくない?陽子も好きだし、桜狩り」
さくらがり、はすなわち桜狩り。桓堆はようやく己の勘違いに気付いた。
「なんだ……」
彼はどっかり腰を下ろし、人懐こい目を閉じる。深〜い溜め息を吐く。
「桜を観に行くだけか……」(がっかり)
「え?何なの?桜だけじゃダメ?」
「いいや。俺てっきり、祥瓊が『さ(あ)暗がりに行きましょうよ』って誘ってきたと思ったんだ」(あーあ)
正直者の正直すぎる告白に、元公主は花の顔を真っ赤に染めた。
「だ、誰も暗がりになんか誘っていないわよーッ!!」(祥瓊怒りのグー☆パーンチ!)
たまたまなのか狙ったのか、左頬に見事クリーンヒットした拳に桓堆が白目を剥いたのは自業自得である。
教訓:酔っているからといって、何事も都合よく解釈してはいけません。
<ちゃんちゃん>