「宝重庫」 「玄関」

「 お酌強要5秒前 」

絵 ・ 文茶さま

お酌強要5秒前

戯 事(ざれごと) (3) 抜粋

 気づくはずがない──。

 不意に強い腕に引き寄せられる。息を呑む陽子の頤を、尚隆が優しく掬い上げた。笑みを湛える双眸がじっと陽子を見つめる。
 心のままに振舞いながら、強引過ぎないその手。このひとは、どこにいても変わらないのだ、と思う。そんな陽子の耳に低い笑い声が響いた。

「──そんな恰好で何をしておるのだ?」

 虚を突かれ、陽子は何度も瞬きを繰り返した。陽子を覗きこむ尚隆の瞳は楽しげな光を浮かべている。まさか気づかれるとは思わなかった。陽子は苦笑を浮かべて応えを返した。
「──あなたを迎えに来ただけのはずだったのですが」
「それはご苦労だったな」
 そう言って尚隆は呵々大笑する。息を詰めて見守っていたらしい花娘たちも一斉に笑いさざめいた。そのまま陽子を隣に坐らせて、尚隆は堂々と酒杯を差し出す。陽子は眉根を寄せて問うた。
「何の真似ですか?」
「今宵のお前は俺をもてなす役目を担っているのだろう?」
 尚隆は悪びれない。それどころか、狡猾な貌をして問うてくる。陽子はぷいと横を向き、硬い声で応えを返した。
「──私は迎えに来ただけですよ。勝手に決められては困ります」

「賭けはわたくしの勝ちですわね」

 間髪を容れず女将が口を挟む。陽子と女将の会話を聞いていた花娘たちも次々と肯定の声を上げた。
 確かに、陽子は女将と賭けをした。確かに、女将の言ったとおり、尚隆は直ぐに陽子に気づいた。しかし、そんなはずはない、と思っていたから、賭けのことは陽子の念頭から消えていたのだ。

 女将はいったい何を要求するつもりだろう。

 陽子は眉を顰め、身構える。そして、黙して女将を睨めつけた。女将はそんな陽子に笑みを返し、おもむろに尚隆に視線を移す。
「風漢さまには、大いにお楽しみのご様子。わたくしも嬉しゅうございます」
「なかなか気の利く余興だったな、女将」
 尚隆は相好を崩す。そんな上客に頷き返し、女将は陽子に笑みを向けて言った。

「今宵は、風漢さま専属の翡翠としてお傍に侍っていただくことにいたしますわ」

「え──」
 陽子は目を見張る。その場が大きな歓声と拍手に包まれた。そして、女将の合図を受けた花娘が、陽子の前に酒瓶や膳を運んだ。
「というわけだ、翡翠」
 尚隆は満面に笑みを湛え、再び酒杯を差し出す。陽子は恨めしげに尚隆を見つめ、深く嘆息した。
「あなたというひとは……」
「あいにく俺は困らぬからな」

 困るのはお前だろう、と尚隆はいつにも増して人の悪い貌をした。

2009.08.12.
 文茶さんが「表に出せないものを描いている」とおっしゃいましたので、 それでは是非拙宅宝重庫に! と無心いたしました。
 2枚いただいたうち「照れ隠しのおまけ」を先に上げさせていただきます。 はい、場面的にもこちらが先でございますので。
 お次は多少R気味でございます。素敵絵よりも拙文が……(苦笑)。

「 風漢と翡翠 」

絵 ・ 文茶さま

風漢と翡翠

戯 事(ざれごと) (4) 抜粋(18歳未満お断り)

「どの道、ここにしばらく居座ることになるだろう」
 そう続けて、尚隆は陽子を引き寄せる。二人きりにされたわけを今更ながら悟り、陽子は瞠目した。抗おうと伸ばした手を簡単に押さえられ、小さく叫ぶ。
「私は迎えに来ただけだって言っただろう!」
「お前は俺を任されたのだぞ。最後まで責任を持ってもてなせ」
「滅茶苦茶なことを……」
 唇で口を封じられ、抗議を言い終えることはできなかった。そして、尚隆の強い手は、難なく陽子の身体を搦めとる。
「あまり俺を煽るなと言ったはずだが」
 この恰好は脱がしてみたくなる、と尚隆は耳許で囁く。確かに花娘の衣装は脱がせやすい構造になっているらしい。身を捩って抗うと、呆気なく両肩から背中が開けてしまっていた。
 露にされた素肌を、熱い唇がなぞっていく。陽子は思わず息を呑み、小さく喘いだ。後ろから回された手が、それに応じてゆっくりと動かされる。
 身体の芯が熱くなっていく。そして、陽子を拘束する男はそれを望んでいる。陽子の身体を知り尽くす指は、容赦なく攻めてくる。その刺激に耐えられず、陽子は息を止め、目を閉じた。

 ──こんなはずではなかった。こんなつもりではなかった。どうして。何を謀る必要があるのか。陽子はいつも尚隆のものなのに。離れていても、悔しくなるくらいに、己の伴侶に囚われているというのに──。

 口に出せない言葉が、涙となって溢れていく。陽子は声なく身を震わせた。束の間、尚隆は手を止める。そして、低く問うた。
「──嫌か?」
 その問いに答えることはできなかった。そっと前を向かされる。苦笑を浮かべた唇が零れた涙を拭った。陽子は潤んだ目で尚隆を睨めつける。
「──二人で謀るなんて」
「共謀したわけではないぞ」
 尚隆は謀を巡らしただけ。そして、女将は上客の要望を察し、それに応えただけ。尚隆は苦笑したままそう言い訳をした。嘘、と小さく呟く。尚隆は深い溜息をついた。

「──俺は存外に好みが煩い、と言ったろう」

 聞いて陽子は目を見張る。瞬きをすると、また、涙が零れた。尚隆は愛おしげにその涙を拭い、陽子の唇を求める。陽子は伴侶の熱の籠った双眸に思わず見入った。

「──好みの女でなくば、欲しくはない」

 微かな声が聞こえる。陽子を求める伴侶の、甘く切ない声が。陽子はとうとう屈した。目を閉じると、熱い唇が落ちてきた。口づけに応えると、身体が浮いた。
 陽子を抱き上げた尚隆は、ゆっくりと次の間へ向かう。そして、臥牀に横たえた陽子をじっくりと眺めた。
「花娘姿のお前など、二度とお目にかかれぬだろうな」
「こんな戯事が何度もあっては困る」
 襦裙を纏うことすら稀なのだ。頬を膨らませて即答すると、尚隆は呵々大笑した。

「それでは新入り花娘の味見をさせていただこうか」

 今度は抗議をする間を与えてもらえなかった。熱く深い口づけが、陽子の理性を奪い去っていった。

2009.08.26.
 文茶さんより
「なんか恥ずかしい///……ものすごく照れます///。しかし描かずにいられないという(笑)」
とのコメントをいただきました。 絵師さまの絵心を刺激できたことが嬉しくてなりません! ほんと感激!
 文茶さん、此度は素敵な連鎖妄想絵を2枚も下さり、ありがとうございました!

(無断転載厳禁。勝手にお持ち帰らないでくださいね!)

2017.08.23. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「宝重庫」 「玄関」