「宝重庫」 「玄関」

五月闇さつきやみ

作 ・ 五緒さま

 肩口に寒さを覚え、目が醒めた。
 雨だれがあちこちで調子はずれの音を奏でている。外は相変わらず雨が降っているようだ。
この時期の雨は夏に備え必要なものだけど、明日も出かけられないのかと思うと、溜息をつきたくなってくる。

 息が掛かるほどの近さで眠るあなたの顔さえ判らない暗夜あんや
私の耳が拾うあなたの安らかな寝息が、私を抱くあなたの暖かな腕が、確かに私のそばにいると知らしめているのに。

 闇の中、いくら目を凝らしても、あなたをとらえることができない。
 
 じわりと心細さがおしよせてくる。


 ――あなたにふれたい。ここにいるのだと確かめたい。

 身の内からわきあがる想い。左手をそっとあなたの顔の辺りへとのばす。


 おずおずと差しのばした指先に、ふれたやわらかいもの。
そろりとかたちをなぞる。すぐにそれが何なのか思い至り、思わず指を引っ込めた。

 どきどきと早鐘のように打つ鼓動。じんじんと熱を帯びてくる指先。
眠るあなたを起こさないように密やかに、二度、三度と長く息を吐き、おたおたする心を落ち着かせた。

 
 深い闇の中で聴こえてくるのは、屋根を叩く雨音とあなたの寝息。
見えるはずもないのに、先ほどあなたにふれた指先をじっとみる。

 ふいに甦った感触が、私を新たな感情へと駆り立てる。
左の指先をまたあなたのものへとあて、右の指先を自分のものにあてる。
 
 ゆっくりゆっくりと指先を動かす。

 ――ああ、やわらかい。

 ほうと小さく吐息を漏らしたその一瞬、私の指先に微かな動きが伝わった。
あわてて引っ込めようとした手を握られ、引き寄せられた。

 耳にこぼれ落ちてくるあなたのことば。
 詰る私のことばはあなたの指先に封じられた。


* * *  五緒さまの後書き  * * *
 二人の想いが重なってまだ日が浅い頃の話です。
 元ネタは日野ひの 草城そうじょうの俳句から
 『やはらかき ものはくちびる 五月闇 』


 「雪待月庵」五緒さんの2周年記念フリー小説をいただいてまいりました。
 う〜ん、どきどきしてしまいました。 妄想を掻き立てられる、可愛くも色っぽいお話でございます。
 五緒さん、ありがとうございました!

(無断転載厳禁。勝手にお持ち帰らないでくださいね!)

五緒さまの素敵なサイト「雪待月庵」は 祭リンク集 からどうぞ

2008.06.27. 速世未生 記
背景画像「翠琅庵」さま
「宝重庫」 「玄関」