「宝重庫」 「玄関」

暑気払い

作 ・ 五緒さま

 夏の盛りを迎えようとする慶国。
 陽子、と執務室に響く声に微苦笑を漏らし顔を上げれば、鮮やかな金を纏った延麒がぱたぱたと近づいてきて、厳重に梱包された箱を両手で持って、ずいっと差し出してきた。
 訳が解らず首を傾げつつ箱を受け取り、ここで開けても、と問うと、ぜひそうしてくれ、と応えが返ってきたので、休憩用の卓で包みを解くことにした。
 荷を解いている間、延麒は榻に座り、その見かけの年齢通りに、子供が親や兄弟、若しくは同年代の子達へ自分が選んだ物を渡しどう反応するのか、期待を滲ませた表情を隠すことなく、私が箱に収められている物を取り出すのを待っていた。
 箱の中には緩衝材としてぎっしりと詰まったおがくずと、素焼きの壺が二つ入っており、そのうちの一つをおがくずを散らかさないようにそっと掻き分けて取り出した。
 その時、とぷん、と少し粘り気がある音がした。
 私の両掌で包み込める位の壺を落とさないよう慎重に卓の空いている所に置き、延麒を改めて見ると、先に言い付かっていたのか、丁度鈴と二人の女御が入室し、そして少し遅れて、祥瓊も入室してきた。
 鈴は女御達と卓の上を片付け、祥瓊は玻璃の杯と水滴が今にも滑り落ちそうな器に入った水を壺の横に置いた。
 何が始まるのか未だに解らない私に、陽子はまだ此方の暑さに慣れないだろう。だからさ、滋養のある飲み物を持ってきたんだ、と説明しつつ、手慣れた様子で壺の封を取り、小さな柄杓でとろみのある琥珀色の液体を汲み、杯の三分の一程入れた後、八分目まで水を注ぎ、竹製の細い棒で軽く混ぜ、まあ飲んでみなって、とできあがった飲み物を私に差し出した。
 目の前に置かれた杯を手に取り、ごくりと喉を潤せば、何かの甘味と生姜の辛味が不思議な味わいを醸しており、残りもするりと飲み干してしまった。
 冷たいのに胃に収まり暫くすると、体がほかほかと温まってきた。それは不快な感覚ではなく、寧ろ体の隅々まで活性化するような心地良さだった。

 あちらに居るときも飲んだことがなかったので、延麒に訊ねると、あめゆだ、と言われた。
 どうやら倭で延麒が住んでいた辺りでは、生活の知恵として汲みたての水で割ったあめゆを飲み、蒸し暑い夏を乗り切っていたそうだ。
 夏の薄手の衣とはいえ、国主ともなればその地位に見合う装いを、と幾重にも重ねられる衣。
 神籍に入っているにも関わらず、真夏を前に体に変調をきたしていたが、冷房設備のなかった時代の生活の知恵を延麒や鈴に教えてもらえば、こちらの夏に馴染むのもそう遠いことではないだろう。

 延麒に体調を気遣ってくれた礼を述べると、何故だか一頻り唸った後、景麒に頼まれたんだよ。同郷の延麒でしたら何か改善策をお持ちでは、とね、とぽそりと呟き、暴露したことは彼奴には内緒だぞ、と念をおされた。
 景麒から、と驚きつつも、自分の半身に対する理解がまた少し深まったのが嬉しく、自然に口角が上がっていく。
 私の表情の変化を見た延麒は、うんうん、と頷き、じゃあまたな、と言葉を残し、来たときと同様にぱたぱたと走り去っていった。

 さて、うちの麒麟に悟られずに礼をするには、どうしたらいいかな。考え始めると楽しくなり、くすりと笑みが漏れてしまった。
* * * 五緒さまのコメント * * *
 お祝いの品は、Eテレのグレーテルのかまどで紹介された物をネタに書きました。
 こちらにも、喫茶店等で扱っているかは不明――余程の事が無い限り行かないので――ですが、 スーパーで売っているのを見たような気はします。 そちらはどうでしょうか。
 話の時期としては、赤楽三年か四年辺りの夏を想定しています。
 「雪待月庵」の五緒さんよりお誕生祝をいただきました!
 陽子主上のために密かに手配していた景麒がいじらしいです。 こっそり教えてくれた六太も粋ですね!
 あめゆ、残念ながらこちらでは見かけません。やはり涼しいせいかしら?  一度飲んでみたいものでございます〜。
 五緒さん、久しぶりの作品を私にくださりありがとうございます!  素敵なサプライズでした♪  って五緒さんはいつも私を驚かせてくださいますよね〜(笑)。

(無断転載厳禁。勝手にお持ち帰らないでくださいね!)

五緒さまの素敵なサイト「雪待月庵」は 祭リンク集 からどうぞ

2017.07.26. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま


「宝重庫」  「玄関」