「宝重庫」 「玄関」

旅先にて

作 ・ 五緒さま

 勘定を済ませようと懐に手をやると、かちり、と小さな音がした。
 音の出所に思い当たり、ふと笑みをもらす。

 飯堂を出て房室へと戻る。
榻にすわり、懐から先ほど音をさせたものを取り出す。
赤銅色の矢立に下げられた小さな玉(ぎょく)が筆筒に触れて、かちゃり、と音を奏でる。
 
 矢立を親指と小指に渡して持ち、手のひらに玉を載せる。
夏の夜空を写し取ったかのような明るい藍色に、所々金や銀の斑点が入った玉は、それよりも少し暗めの色の紐で飾り結びが施されている。

 ――陽子。

 玉の送り主に思いを馳せる。


 玄英宮を出奔し、真っ先に向かったのは金波宮。
いつものように変わらぬ笑顔で迎えられ、そこで数日過ごした。
 明日は巧へ行こうかという夜。陽子の手作りだという、小さな飾りを渡された。照れくささを隠すためか、ややぶっきらぼうな口調になりながらも、玉を見つけた経緯や初めて結ぶ飾り結びに四苦八苦したことなどを語る陽子。生き生きとしたその様が、どれだけ俺を癒しているか、陽子は知らないだろう。

 話し終えた陽子の手を取りこちらに引き寄せ、倒れかかった身体を受け止めながらも、すばやく頬に口づける。
 あっけにとられ、ついで赤味の増した頬を俺に見られまいとするかのように顔をあらぬ方へ背け、油断も隙もない、と文句をこぼす陽子。
 くつり、と笑い、陽子、と名を呼ぶ。すねてこちらを向かない陽子。それならば、と頬に手を添えこちら向かす。抗うことなくこちらを向いた陽子の瞳は凪いだ海のようだった。

 静かに顔を寄せ、口づけを一つ贈る。感謝の意をこめて。


 衝立の向こうから声がかかり、俺の物思いもそこで途切れた。

 舎館のものが酒肴を携え房室に入り、窓際に設えられた方卓に整え、一礼をして出て行った。
杯に酒を満たし、玻璃ごしに空を見上げる。朔を過ぎたばかりの月は周りの星星の輝きに埋もれ、ひっそりと空を渡る。

 明日はここを引き払い帰途につく。
塒に帰る前に金波宮へ寄ろう。おかえりなさい、と笑顔で迎える陽子に逢うために。

* * * 五緒さまのコメント * * *
今月は誕生月だということで、ささやかながらお祝いのSSを贈らせて頂きます。
何にも起きませんが(笑)楽しんでいただければ嬉しいです。
はい、何も起きなかったでしょう(笑)
新たに刻む一年。未生さんにとって良いことがたくさん訪れますように。
 「雪待月庵」の五緒さんよりお誕生祝をいただきました♪ 
 尚隆のために慣れない飾りを結ぶ陽子主上を思い浮かべると、尚隆と一緒に 口許に笑みが浮かんでしまいます。
 というわけで、少しの間握りこんでおりました素敵頂き物、誕生日になりましたので みせびらかすことといたします。
 五緒さん、仄甘い尚陽をありがとうございます!  素敵なサプライズでした♪ 

(無断転載厳禁。勝手にお持ち帰らないでくださいね!)

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2007.07.17. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま


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