氾麟の涙
「なによ、尚隆の莫迦……!」
淹久閣の自室に戻った氾麟は榻に突っ伏し、小さな拳を何度も叩きつけた。延王尚隆の言葉を思い出すだけで、怒りやら悲しみやらが押し寄せてくるのだ。
(では、より近いと感じるほうへ向かっていけばいいだけのことだろうが)
尚隆はさも不思議そうにそう言った。氾麟は悔し涙にくれた。尚隆は、傲濫がどれほど禍々しい気配を放っているか知らないから、軽く言えるのだ。氾麟は、一生懸命その威圧に耐えて泰麒を捜しているというのに。
「──嬌娘」
「主上……」
程なく現れた主にしがみつき、氾麟は声を上げて泣いた。氾王は氾麟の背を優しく撫でて慰めた。
「猿王には、私からきつく言っておいたから、安心おし」
「──尚隆なんて、蓬莱に行って、傲濫にのされてしまえばいいんだわ」
しゃくりあげながらも忌々しげに呟く氾麟に、氾王はくすりと笑う。
「あの男は、怖いという感情が欠落しているからねえ。だが、梨雪、何故それを、猿王に言ってやらなかったのだえ?」
「──だって、六太が、尚隆も陽子も、本当は自分で蓬莱に出向きたいはずだって言うんですもの。二人とも、胎果だから、って……」
麒麟と違って二形を持たぬ王は、呉剛環蛇を潜ることができない。王が潜ることができる呉剛の門を開くと、蝕が起こる。大きな蝕を起こすと分かっていて、虚海を渡る王などいるまい。
「嬌娘は、本当に良い子だねえ」
氾王は柔らかな笑みを氾麟に向けた。主の労いで、こんなにも心が癒される。
──王と分かたれて、泰麒はどんな想いを抱いているのだろう。
氾麟は胸に痛みを覚えた。
「──ああ、でも、どうやら猿王にも怖いものがありそうだからねえ」
「え……? あの尚隆に、怖いものがあると仰るの?」
「──怖いものがある、というより、恐れていることがある、ということなのだろうがねえ」
思わず頭を擡げた氾麟に、氾王は謎めいた微笑を見せた。氾麟は小首を傾げる。氾王は氾麟の頭を撫でながら、楽しげに笑うのみだった。
2006.12.08.
(御題其の五十六)
「雨過天青」のminaさんより誕生日カードをいただきました!
可愛い氾麟と後ろ姿ながら初出しのかの方でございます!
こちらをいただくにあたって実は紆余曲折がございました。
発端は今回の管理人にプレゼント(!?)アンケート最終日にいただいた
コメントでございます。
「書き込もうとして、ウィンドウ開いて、うっかり他に気をとられててたら…!」
「よろしければDMか拍手に入れていただければ!」
この遣り取りの後音沙汰なしで、意気消沈していたところへご連絡が!
「感謝をこめて好きなセリフを思いっきり表現してしまえ! と、
うちのドールで撮ってみました。
範国夜話の「氾麟の涙」の可愛らしく、それでいて、たいそう物騒なあの一言が大好きです。
(氾主上ドールは高難度だったので、相方に初のあの方を…笑)」
お礼と題名をお訊きするDMを送ったところ、更に進化したカードが……!
「もともとこの青い生地は、これは尚隆だ! って買ってきた生地だったので、
今回片袖だけでも形になって大変楽しかったです」
あああ、このお写真のためにかの方の片袖を縫ってくださったとは……!
minaさん、素晴らしいプレゼントをありがとうございました!
(無断転載厳禁。勝手にお持ち帰らないでくださいね!)
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2020.07.26. 速世未生 記