「宝重庫」 「玄関」

「 darkness 」

絵 ・ 瑠璃さま

darkness

月下の闇

 肌寒さに目を覚ます。いつの間に眠ってしまったのだろう。陽子は反射的に右を見た。隣にいるはずの伴侶の姿がない。慌てて身を起こし、気怠い身体に夜着を纏う。そのまま牀榻を出ると、月の傾きはほとんど変わっていなかった。

 ──堂室に伴侶の気配はない。

 陽子は不安を押し殺しながら窓辺に近づいた。露台の椅子には、夜着を肩から掛けただけの伴侶が坐っている。陽子は安堵の溜息をついた。しかし。
 海風に髪を靡かせ、月光に照らされた伴侶は、まるで彫像のよう。陽子は体温まで失せてしまったかのような伴侶の背に駆け寄った。そのまま身体を預け、腕を前に回す。胸に伝わる温もりと鼓動を確かめて尚、不安は消えない。

「どうした?」

 少し冷たくなった手を陽子の腕に置き、伴侶は笑い含みに問う。広い肩に頭を乗せ、陽子は小さな声で本音を告げた。

「──帰ってしまったかと思った」
「来たばかりなのに?」

 軽く返されて、何も言えずに回した腕に力を籠める。込み上げる涙を必死に堪えた。今、まざまざと思い出す。意識を失う前に見た、伴侶の瞳を。

 容赦なく陽子を責め立てながら物問いたげな色を浮かべた瞳──。

「──あまり……俺を買い被るな」

 長い沈黙の後、伴侶は微かに呟いて、そっと陽子の腕に口づける。自責の目を向けた先に残る、指の痕。
 陽子は伴侶の頬に両手で包み、ゆっくりと首を横に振る。そして、自嘲の笑みを浮かべる伴侶の唇に己の唇を重ねたのだった。


2011.07.21.
 瑠璃さん宅でニアピンと「9922」を踏み、 更に誕生月ということでリクエスト権を強奪してまいりました!  お題は「容赦ない尚隆」または「多少ダークな尚陽」でございました。
 メールをいただいた時には「ひょえ!」と叫びそうになり、慌てて口を押さえました(苦笑)。 翌朝じっくりと拝見すると、じんわり涙が滲みました。 突き動かされた感情を昇華するために書いたのが上の小品でございます。
 瑠璃さん、素敵な誕生日プレゼントをありがとうございました!  挿文が上手く纏められなくてアップが遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。

(無断転載厳禁。勝手にお持ち帰らないでくださいね!)

瑠璃さんの素敵なサイト「Lapis lazuli」は 祭リンク集 からどうぞ。

2011.07.21. 速世未生 記
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「宝重庫」 「玄関」