其の三「法」@管理人作品第3弾
2010/09/07(Tue) 06:47 No.15
いつも祭に拍手をありがとうございます〜。
硬いお話で恐縮ではございますが、よろしければ第3弾をどうぞ。
- 登場人物 祥瓊・楽俊・六太・陽子
- 作品傾向 シリアス
- 文字数 2101文字
「十二国記で12題」其の三
法
2010/09/07(Tue) 06:50 No.16
「え──?」
祥瓊は大きく目を見開いた。楽俊は動じることなく真っ直ぐに祥瓊を見つめている。
「──冗談よね?」
「いんや、ほんとだ」
祥瓊の念押しに、楽俊は真面目な貌をして首を横に振る。祥瓊はますます目を見開いた。
「そりゃあ、楽俊が法について詳しいことは知っているけれど……」
祥瓊は、信じられない、と言えずにただ首を振った。が、雁の大学で学ぶ楽俊は、冷静に言い切ったのだ。
「雁では、乗騎家禽の令、別名四騎七畜の令があって、獣と家畜に妖魔が加わってるんだ。間違いねえ」
「だって、妖魔、でしょう。妖魔は、人を襲うのよ」
安定した国には妖魔が出たりしない。妖魔が出る、ということは、その国が傾いている証拠だ。現に楽俊も言ったことがある。戴の沿岸だけでなく柳の沿岸にも妖魔が出る、だから柳を調べに来たのだ、と。
「うん。けども、雁には妖魔を乗騎家禽として認める法がある。わけはおいらにも分からねえが、法があるってことは、それが必要だったからじゃねえかなあ」
「──妖魔が、必要なことなんか、あるの……?」
妖魔には恐ろしいという印象しかない。生まれ育った芳では、峯王登遐後にもあまり妖魔は出なかった。しかし、旅をして辿りついた慶では、妖魔を見たことがある者が沢山いた。荒れていた巧国出身の楽俊も、妖魔に襲われたことがあると言っていたはずだ。それなのに、妖魔が必要だとは。祥瓊にはそんな状況を思いつくことなどできなかった。
「なあ、祥瓊。おいらは半獣だ。嫌だな、と思ったことはなかったか?」
鼠の姿の楽俊は銀色の髭をそよがせながら訊ねてきた。祥瓊は口籠る。そう、初めて会った時、半獣と同席するなんて嫌だ、と確かに思った。それは否定できない事実だ。だから祥瓊は小さく頷いた。
「でも、今は違う。楽俊は大切な友達だわ」
「うん、知ってるよ。光栄だと思ってる。でもな、半獣のことを知らなければ、おいらと友達にならなければ、まだ半獣を嫌っていたかもしれねえよな」
「そう……かもしれないわね……」
それと同じだ、と言って楽俊は朗らかに笑う。妖魔のことをよく知らないから、妖魔とは恐ろしいものだと思ってしまう。けれど、人を襲わない妖魔もいるのかもしれない、と。
「法があって認められているのと、そうでないのとは大違いだ」
楽俊は静かにそう言った。祥瓊は楽俊が語った巧のことを思い出していた。巧国では、半獣は戸籍に半獣と但し書きが付き、学校にも行けず、成人しても正丁と認められない。故に、土地も与えられず、職にも就けないのだ。それに引き換え、雁では半獣であっても法の上では差別されることはない。大学にも入ることができる。
「でも……」
認められているからと言って、差別されないとは限らない。祥瓊はその重い現実を知っている。口に出せない想いに、楽俊は軽く頷いた。
「確かに、大学で、人型でなければ講堂に入れない、と言われたこともあるけどな。それはそれでいいんだ。嫌なものを嫌と言ってるだけなんだから」
「楽俊……」
「いろんな人がいていいんだ。好きなものを好きだと言ってもよくて、嫌なことを嫌だと拒んでもいい世界がいいんだ」
楽俊は何でもなさそうにそう言って朗らかに笑う。祥瓊は何も返せず、ただただ楽俊を見つめた。強く公正な人だと思う。だから、楽俊は人の心を動かすことができるのかもしれない──。
「楽俊は……凄い……」
祥瓊はぽつりと呟いた。そんなところまであいつに似てるな、と楽俊は楽しげに笑った。
「──確かに、楽俊は凄いな」
六太はそっとひとりごちた。たまたま遊びに来てみれば、楽俊は別嬪と出かけた後だと言われた。興を覚えて使令に探させて、こっそり話を聞いていたのだった。
「更夜……」
古の友の名を呼ぶ。乗騎家禽の令は、妖魔に育てられた更夜のために作った令だ。時間をくれ、との言葉どおり、尚隆はこの勅令を出すまでに八十七年をかけた。それでも側近たちは呆れかえった。
法を作ったとて、すぐに遵守されるとは限らない。六太はよく知っている。無論、尚隆も分かっていることだろう。それでも、法があれば、基礎を作ることはできる。長い時を要するだろうけども。
乗騎家禽の令発布から遠大な時が流れた。未だ更夜からの音信はない。ただ、仙籍に名が残るのみだ。どこかで幸せに暮らしているのだろうか。それとも、名のみの法では雁に戻る気になれない、と思っているのだろうか。六太には真実を知る術はない。
施政者は結局大枠を作ることしかできない。人を導くことはできても、心まで従わせることはできないのだ。だからこそ。
楽俊の発言は六太の心を温めた。施政を理解しようとしてくれる者がいる、と知って素直に嬉しく思う。
「──ありがとう、楽俊」
六太は小さく呟いた。やっぱり雁の官吏に欲しいな、とひとりごちる。すると、楽俊の友でもある隣国の女王が、楽俊は慶にこそ必要だよ、と顔を蹙めた。
「陽子と喧嘩する羽目になるかな」
六太は肩を竦め、苦笑する。そうしてまた、談笑している灰茶の鼠に目をやった。
「じゃあ、またな。無事に卒業しろよ。待ってるから」
言って六太は立ち上がる。胸に浮かんだ陽子が、大丈夫だよ、と眩しい笑みを見せた。
2010.09.07.
後書き
2010/09/07(Tue) 06:51 No.17
長くてウザい後書きでございます。お時間おありの方のみご覧くださいませ。
昔、ノーマライゼーションという言葉が叫ばれ始めた時、私は冷めた目でそれを見ていました。
言葉だけ先行したって何も変わらない、と思ったのです。
実際、私の目に映るものは何も変わりませんでした。
けれど、いつの間にかバリアフリーという言葉が普通となり、
公共交通機関の駅にはエレベータが設置され、階段には大人も子供も使いやすい2段の手すりが
つきました。
街の歩道には点字ブロックが敷かれ、デパートの段差にはスロープが隣接されています。
今、我が街のショッピングセンターでは、電動車椅子に乗った人が一人で買い物を
楽しんでいたり、白杖をついた人が点字ブロックの上を歩いていたり、
広場のベンチで手話での会話を楽しんでいる人々がいたりします。
田舎から出てきたばかりの頃には見られなかった光景です。
どれほどの人が家に閉じこもっていたのでしょう。
中には「恥ずかしいから家から出るな」と言われていた人もいたかもしれません。
実際そう言われて育った人を、私は知っています。
誰もが歩きやすい街になれば、出てくる人も増えてくる。
車椅子の人を見かけてドアを開けて待っている人を見て、泣きそうになったことがありました。
差別する人もいれば、親切にしてくれる人もいる。
それはやはり、色々な人が区別なく暮らしてこそ起こることではないでしょうか。
長い年月をかけて少しずつ進んでいくこともある。
行政はそれを担っているのだと思います。
人の心が解れるには時間がかかるでしょう。
けれど、差別がなくなることはなくても、手を貸してくれる人が増えることはありえる。
私は、尚隆が出した「乗騎家禽の令」が無駄であったとは思いたくないのです。
差別を肌で知っている楽俊ならば、この気持ちを理解してくれるのでは……という妄想が、
「法」というお話でございました。
長文過ぎる後書きで失礼いたしました。
2010.09.07. 速世未生 記
楽俊はいい(^_^) griffonさま
2010/09/07(Tue) 21:23 No.18
尚隆の出した法は、やはり胎果王だからこそだと思うんですよね。
陽子もそうですが、基本的に常世の常識に囚われないでいられる。
陽子と尚隆ではたぶんかなり違いはあるでしょうけど。
二人にとって、妖魔は怖い物とは思ってもそれは単に危険な猛獣程度の認識でしかないような気が
しますし、妖魔に纏わるモノには頓着しない、もしくは知らないと言っても良いように思います。
ただ、尚隆の場合は陽子と違って、妖魔を禍々しいモノとして見れるかもなと言うのはあります。
それは、尚隆の生きた時代の日本は、まだまだそう言う得体の知れないものと
同居した時代だったように思えるからですが。
原作からの僕の印象では、尚隆の法は施行後の運用はどうあれ、
ただただ「更夜とおおきいの」のためだけの法であって、
妖魔そのものを指しているようには・・・思えないかなぁ
でもって、たぶん楽俊ならば、その纏わるモノまでも含めて、妖魔とちゃんと向き合えるような
気がします。
それはきっと自身のおかれた境遇とそこから学び取った彼の価値観がそうさせるのかも
しれないなと思います。
楽俊が雁の官吏にでもなった日には、尚隆の想定外の妖魔とヒトとの関係が出来ちゃうかも
しれませんね。
楽俊は常世の中ではほんとに稀有な存在かもしれないと思います。
金子みすずではないですが、「みんなちがってみんないい」と心のソコから言えるヒトって
そんなに多くはないですから。
蓬莱でも常世でも同じですけど、楽俊はたぶんそう言うヒトなんだと思ってます。
ただ、楽俊にしてもおそらく陽子に出会うことがなければ、ここまですごいコトなってたか
どうかと言うことも感じなくはないかなぁ。
誰かが見てくれている。誰かに認識される。誰かに認められる。
そう言う報われた感が無い状態が永遠につづけば、さすがの楽俊もキレるような・・・
いや、それでもそうならないヒトだから報われたのかなぁ・・・どうかなぁ(^_^;)
僕の中の結論は、楽俊でやっぱすごいよなぁ
でもって、この短い小説でそれを見せてくれる未生様はもっとすごいよなぁ
です。(^_^)v
難しいけど ネムさま
2010/09/07(Tue) 23:48 No.19
考えさせられるお話ですね。
仕事柄徐々に法律に触れることが増えてきていますが、結構抜け道が多いんですよね、
罰則がないからとか、時間制限ギリギリにするとか。
もちろん余裕があればやりたいという所もあるけれど、最初から法律というものを馬鹿にして、
逆手を取るのが趣味のような人もいますし。
でも必死に訴えてきた人達の想いが報われ、徐々に皆の考えを変えていける機会になるのも
確かです。
そして楽俊が「いろんな人がいていい」という台詞はやっぱり凄い。
法律は万能ではなく”悪法”というのも必ず存在する、
それを変えていくには”法律のただ遵守すればいい”という考えだけではいけないでしょう。
うん、未生様はすごいなぁ(^^)
ご感想をありがとうございます 未生(管理人)
2010/09/08(Wed) 09:50 No.22
今回の祭のコンセプトは結局「書きたい時に書きたいことを書きたいように書く」
のようでございます。初心に帰るというべきでしょうか。
なんだか硬いものばかりになってしまって私自身も肩が凝ってまいりました。
なのになのにご反応をいただけて嬉しく思います!
griffonさん>
いらっしゃいませ〜。含蓄のあるお言葉をありがとうございます。
また色々と妄想が進んでしまいました。
この夏、「十二」をぱらぱら読み返して思ったことがございます。
王になった人々は理想に燃え、その理想に従わない者たちを排除してばかりいる。
混乱した国を立て直すためにはある程度は必要なことでございましょう。
けれど、行き過ぎれば仲韃や砥尚のように天意を失うことになる。
私が住むならやっぱり雁がいいなぁ、と思ったのは、マイノリティであっても
入りこむ隙間がある国だからでしょうね。
勿論、色々な人がいるから必ずしも受け入れられるわけではないのですが、
どこかに解ってくれる人がいる、と思わせてくれるところが好きなのです。
楽俊は、己がマイノリティであることを理解し受け入れているところに頭が下がります。
けれど、それはgriffonさんがおっしゃるとおり、陽子が彼を友達として受け入れてくれたから
かな〜と思ったりします。
初めて「こいつと友達になりたい」と思った人物に受け入れられて、
楽俊はますます大きくなったのでは、と妄想してしまいます。
いえいえ、やっぱり凄いのは私じゃなくて楽俊でございます。
でも、嬉しいお言葉でございました。ありがとうございます!
ネムさん>
いつも思うことがございます。「法とは何を守るべきものなのか」。
守るべきことがあるから法ができるはず。
けれど、法を作るためには明文化しなければならない。
明文化するためには境界線を引かなければならない。
そして、境界線をどこに引くかは、その時々で変わってくる。
そんな感じで、最初の理念からずれていってしまうのではないでしょうか。
法を定め、それを守ることは唯一無二のことではない。
けれど、何を守らなければならないのかを考えれば、自ずと見えてくることもあるのでは……
なんて考えてしまいます。
私自身は法の網目をくぐろうと考える人は苦手です。
けれど、そういう人がいることは無視できないし、そういう考え方をする人もいるんだ、
と考えさせられます。
そう考える人の裏を読んで法を作ることも必要かななんて思ったり。
またまた考えさせられる話題をありがとうございました。
いえいえ、凄いのはやっぱり楽俊ですよ〜。
「法」読ませていただきました! 空さま
2010/09/13(Mon) 23:53 No.37
なるほど! この「法」でしたか。雁独特の法ですよね。
空はこのお話のあとがきのほうに惹かれてしまいました。
仕事柄、毎日どちらかといえば「差別される側」のかたがたとお付き合いすることが多く、
何十年か過ぎましたが、だいぶ日本も変わってきたなと感じています。
昔はとてもできなかったことが、未生さまのおっしゃる通り、
普通にできてしまったりすることもあります。
ひとつ空的に視点を加えるとすれば、下世話な話で申し訳ないのですが、
経済が大きくかかわっていると感じていることでしょうか。
不況不況と蓬莱では言われておりますが、
また、空の近くにいる「差別される側の人」が住みにくくなっていることを、
ひたひたと感じております。ああ、なにか切ないです。
楽俊、空もすごいと思う。雁や慶だけでなく、蓬莱にも来てくれないかなあ〜〜
ご反応ありがとうございます 未生(管理人)
2010/09/14(Tue) 10:49 No.41
世の中全てが上手くいくことなんてないのですが、
気づいたら善くなっていることもあるんだな〜と
思いつつ書いたお話と後書きでございました。
硬いお話とウザい後書きにご反応くださってありがとうございました。