其の四「獣」@管理人作品第1弾
2010/09/01(Wed) 06:40 No.1
祝5周年! 皆さま、ご来場くださってありがとうございます。
拙宅は本日無事に5周年を迎えることができました。
これから1ヶ月間、皆さまとともに楽しく祭をやっていけたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
- 登場人物 祥瓊・陽子
- 作品傾向 シリアス
- 文字数 1277文字
「十二国記で12題」其の四
獣
2010/09/01(Wed) 06:43 No.2
手負いの獣のようだった、と楽俊は言った。王が行き倒れる。そんなことがあるものなのか、と驚いたことが昨日のことのよう。今の陽子にそんな面影はない。いや、出会った頃から、ただただ鮮烈な印象のみが残る。それは鮮やかな緋色の髪のせいだけではないだろう。
「──祥瓊、どうした?」
不思議そうな声をかけられて、祥瓊は我に返る。いつものように官服を着こみ、紅の髪を組紐で括っただけの景王陽子が、じっと覗きこんでいた。
「あ……む、昔のことを思い出していただけよ……」
「昔のこと?」
翠の瞳が大きく見開かれた。そんなふうに真っ直ぐに見つめ返されては咄嗟に誤魔化すこともできない。祥瓊は小さく息をつく。
「楽俊と旅していた時のこと。行き倒れていた景王を拾った、なんて話を聞いて、驚いたなって……」
「ああ、確かに昔話だね。で、楽俊は私のことを何て言ったの?」
「──手負いの獣のようだった、って……」
いや、楽俊がそのとき何と言ったか、正確に憶えているわけではない。冷静に考えれば、半獣の楽俊が他人を獣に例えるはずはない、と思えてくる。けれど、祥瓊はそんな印象を持ったのだ。
「獣──だったのかもしれないな」
陽子はそう言って唇を歪めた。祥瓊ははっとした。ただの自嘲の笑みではない。日頃の陽子からは想像できない酷薄な貌であった。
「陽子……?」
「塙王の放った追手の妖魔と戦っていた時の私は、紛れもなく獣だったよ」
初めは何も分からずにただ逃げ回っていた。生き延びるために水禺刀を使った。戦いを重ねる毎に剣の腕は上がり、襲いかかる妖魔を見る度に血潮が沸いた。
「──私は、殺戮を愉しんだ」
淡々と語り、陽子は目を伏せる。武断の女王と呼ばれるだけあって、陽子の剣の腕は確かなものだという。祥瓊は直接には見たことがないが、拓峰で共に戦った虎嘯と
桓魋が口を揃えてそう言った。けれど。
陽子は敵に止めを刺さなかった。士気が落ちればそれでいい。淡々とそう言ったのだ、と桓魋は後で笑って教えてくれた。敵もまた慶の民であることを、景王陽子は自覚していたのだろう。
「陽子は獣なんかじゃない」
「──祥瓊は、獣だった私を知らない……」
「知らないわ。でも、私は今の陽子を知っている。善い国とは何だろう、と悩んでいた王さまを知っているわ。獣はそんなことで悩んだりしない」
祥瓊は力強く言い切って陽子をじっと見つめた。愛剣を繰り、赤髪を靡かせてしなやかに舞う姿が目に浮かぶ。獣のように俊敏で、けれど、殺戮を愉しむ獣ではない。陽子は、王だ。
俯いていた顔が上げられる。翠の瞳が躊躇いがちに祥瓊を見た。祥瓊は笑みを湛えて大きく頷く。陽子の唇が僅かに綻んだ。そうして、宝玉のような瞳に勁い光が戻る。
「──獣は胸の奥で眠っている」
陽子は祥瓊を真っ直ぐに見つめ返してそう言った。祥瓊は反論しようと口を開きかける。が、陽子は祥瓊をも蕩かすような極上の笑みを浮かべた。
「けれど、私を信じてくれる人々がいる限り、その獣は目を覚ますことはない」
そうだろう、と陽子は続ける。その、強く輝かしい瞳。勿論よ、と返し、祥瓊は陽子の肩をしっかりと抱きしめた。
2010.09.01.
5周年 おめでとうございます! ネムさま
2010/09/02(Thu) 22:13 No.5
未だ暑さにうだる中、お祭りの灯が点っているのに気が付いた時はうれしかったです。
また素敵なお話を読ませて頂き、少しシャンとした気分になりました。
改めて陽子が剣を振るうのに血の騒ぎを覚えるような描写がなくなってきたか思い返すと、
雁に入った時はまだ夢中といった感じでしたね。
多分、王になると決心し「手にかけた人間を忘れない」と決めた時からではないでしょうか。
責任を負う意味を知った者の強さというものを、それを書き表した原作の凄さを
今一度思い出させてくれる作品でした。
また「人の内に獣が眠る」というのは「所詮人も獣だ」という逃げ口上ではなく
「何故私は(また他人が)獣でなく人間なのか」ということを考えなければならない、
そういう意味もあるのだなぁと思わせられました。
突端から長いコメントですみません(^人^;)。また遊びに来させて下さい。
そしてお祭りの最終日には「涼しいですね」とコメントできることを祈って!
ご感想御礼 未生(管理人)
2010/09/03(Fri) 09:00 No.6
ネムさん、いらっしゃいませ〜。硬いお話に過分なご感想をありがとうございました。
「月の影〜」では、殺戮に血潮が沸騰する、とまで思っていた陽子が、
「風の万里〜」では、殺さずに済めばそれに越したことはない、と言っていました。
故に、本編ではほとんど描かれなかった維竜襲撃は凄まじいものだったのだろうと
妄想してしまいました。
「胸に眠る獣」が目覚めたとき、その王朝は瓦解していくのかしら、と思います。
けれど、陽子主上には頼もしい仲間がいる。その支えある限り大丈夫。
そんな妄想を昇華させた小品と相成りました。
いやぁ、ネムさんの文章にはいつも妄想を刺激されます。感謝いたします〜。
まだまだ暑いようですが、どうぞご自愛くださいませ。
そして、素敵な作品を恵んでいただけると尚嬉しく思います。
どうぞまたいらしてくださいね!
獣読ませていただきました。 空さま
2010/09/13(Mon) 23:44 No.36
「獣」とは何か、ということを再度考えされられました。
空はよくこの「獣」という意味にこだわります。
十二国以前からきっとそうだったと思います。
人は「獣」とは違うか同じか?
人は「獣」の中に含まれるという考えもあるでしょう。
「人」は知能を持ち、言葉を持っているだけに、獣であることを忘れてしまうのではないかと、
空はそんな風に思っています。
陽子さんの心の中に自分が獣であったことの記憶が残っているのであれば、
王としてそんなにひどいことにはならないのではないかなあ。
そうであったほしい、そんな風に思えた作品でした。
何しろ、今は彼女は「人」でもなくなって「神」様ですものね〜〜。
十二国、やっぱり深いです。
ありがとうございます 未生(管理人)
2010/09/14(Tue) 10:33 No.40
私自身は「人もまた獣である」と思ってしまいます。
「ヒト」は本能である獣性を理性で抑制することにより「人」になるのでは……。
陽子は最初は自分のことを「妖魔かも」と思ってました。
己の獣性を忘れない限り、よい王でいられるのではないか、と私も思います。
硬いお話にご感想をありがとうございました。