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其の五「親」@管理人作品第2弾

2010/09/04(Sat) 07:05 No.8
 取り急ぎ第2弾をアップいたします。

※ 管理人の作品は全て尚陽前提でございます。

「十二国記で12題」其の五

2010/09/04(Sat) 07:08 No.9
 伴侶の膝を枕に目を閉じていた。暖かな風も、温かな膝も心地よい。尚隆は緩やかに流れていく時に身を任せていた。
 ぽつり、と滴が落ちてきた。雨が降りそうではなかったが、と思いつつ目を開ける。見上げると、伴侶の頬が濡れていた。視線の先には満開にほころぶ桜。そして、儚く散りゆく薄紅の花びらがあった。
 桜は望郷を呼び覚ます花。もっと若い頃、伴侶はよく桜吹雪を見つめて涙を零した。尚隆は微笑して伴侶の滑らかな頬に手を伸ばす。そして、あの頃は訊けなかったことを問うた。

「──あちらが恋しくなったか?」

 伴侶は尚隆に目を向けることなく首を横に振る。そうして微かな声で応えを返した。

「──思い出していただけ」
「何を?」
「──母を」

 短い問いに短い応え。黙して見つめる尚隆に、伴侶は淡い笑みを見せる。そうしてまた、花びらを散らす桜を眺めた。

「今なら……『お母さん』じゃない母ときちんと話せるかな……」

 それは切ない呟きだった。妖魔の襲撃を受け、わけが分からぬままにこちらに連れてこられた娘。まだ母を恋うる年頃だったのだろう。尚隆が枕許に訪れた時にも、お母さん、と口走っていた。
 あれから何年が過ぎたことだろう。十六のまま時を止めた神なる王に歳は関係ない。しかし、その頃の母親の歳を追い越すほどの月日が流れた。今の陽子は、何百万もの子供を抱える国の母だ。だからこそ──。

「親は親だろう」

 尚隆は伴侶の頬に手を触れたまま笑った。伴侶は小首を傾げる。尚隆はゆっくりと続けた。

「親には子はいつも子にしか見えぬし、子にとっても親はいつまでも親のままだ」

 尚隆はそのまま桜を見上げる。淡紅色の花の向こうに瀬戸内の海が見えた。そう、親は親だ。幼い頃亡くした顔も憶えていない母親も、連歌の会までには戻れと言って屋形を出た父親も──。
 相容れぬ存在だった。海賊の家風を疎んじ、目の前に迫る災厄にも気づかず都ぶりの生活を続ける父は、尚隆の話に耳を貸さなかった。父にとっても、足軽のような恰好で城下に降りる尚隆は不肖の息子だったのだろう。

 それでも、親は親だ。

 こちらの世界では、子は木に生る。成人すれば給田を受けて家を出て行く。親子の関係は、あちらとは違う。尚隆は伴侶に目を戻した。伴侶は潤んだ瞳のまま尚隆を優しく見つめていた。

 もうひとりの胎果の王。生まれ育った時代はかけ離れているが、今を共に生きる唯一の女。いつか、己の想いを語ろう。口に出せずに抱えたままの様々なことを。尚隆は翠の宝玉を見つめ返して静かに笑んだ。

2010.09.04.

後書き

2010/09/04(Sat) 07:14 No.10
 小品「寄せる想い」@夜話本館連作「花見」の尚隆視点でございます。 なんとまあ季節外れのお話なのでしょう。 けれど、このお題はこれでしょう、という感じでございました。 お楽しみいただけると嬉しいです。

2010.09.04. 速世未生 記

無題 ネムさま

2010/09/08(Wed) 00:10 No.20
 尚隆と尚父の関係は興味深いです。 蓬莱生まれの彼らが親を断ち切れないのは、やはり”血=自分のルーツ=自己”という 意識があるからでしょうか。 逆に常世はどうなのか、木に生り成人して離れていく親子。 でも”自分の生を願ってくれた”という意味では親はやはり自分のルーツであり、 はずみで出来る可能性がない分、より大切なのかも…どちらも自分に近い存在として 意識せざるを得ないのでしょうね。
 深いお話が続いて、いつもとまた違って楽しいです。 でもこちらの尚隆と陽子はやっぱり仲良くて良いですね(^m^)

ご感想御礼 未生(管理人)

2010/09/08(Wed) 09:24 No.21
 ネムさん、いらっしゃいませ〜。
 「漂舶」を読んで、尚隆と尚父の関係について考え込んでしまいました。 そして、「月の影〜」での、蒼猿の科白を思い出して又考え込んでしまったのでした。
 離れてみて初めて、親を一人の人として見ることができる。 そして、やはり親は親なのだと思う──。
 ”血=自分のルーツ=自己”、妙に納得してしまいました。 そして、常世では望まれぬ子供は生まれない。 常世での親子関係については、もう少し掘り下げて考えてみたいものでございます。
 硬い話が続いております。ご感想をいただくことは諦めておりました。 それだけに嬉しいご反応でございました。 「仲良しの二人」とのお言葉も、ちょっとにんまりしてしまいました。 ありがとうございました!
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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