「十二国で十二題」 「管理人作品」 「祝12周年十二祭」

其の三「酒肴」@管理人作品第5弾

2017/10/04(Wed) 23:21 No.184
 皆さま、こんばんは〜。いつも祭にご投稿及びレス、拍手をありがとうございます。
 本日の北の国、最低気温は7.8℃、最高気温は13.6℃でございました。 少し前の最高気温でございますね(苦笑)。 体が寒さに慣れていないこの時季が北の国は一番寒いのかもしれません。 いつまでストーブを点けずにいられるでしょうか。

 さて、管理人は第5弾を仕上げました。 今回は慶国のお話でございます。オリジナルで名無しの海客の男が登場いたします。 苦手な方はご注意くださいね。

「十二国で十二題」其の三(慶)

酒 肴

2017/10/04(Wed) 23:26 No.186
 秋晴れの農地はさながら黄金の海のようだった。穂を垂れた稲が微風に靡く様は豊かに美しい。景王陽子は感嘆の溜息をついた。

 今年の稲は豊作だと聞いて、確かめてみたくなった。そんなことを口にすると、首都近くに碌を持つ左将軍が案内を請け負ってくれた。陽子は景麒とともに桓魋の領地を視察している。己の国が豊かになっていくのを自ら確認することは格別だ。陽子は金の海に眼を細めた。そんなとき。

「いい加減にしやがれ!」

 怒号がしたと同時に男の身体が毬のように転がった。男を蹴り飛ばした農夫の息は上がり、怒りのあまりか声まで震えている。

「この米は、腹を満たすためのものだ。てめえの道楽になんかに使われてたまるか!」

 蹴られた男は黙って立ち上がる。そして、蹴った農夫に頭を下げてその場から去った。
 景王陽子は一部始終を呆然と眺めていた。が、激昂した農夫の道楽という言葉と、随分な対応を受けながら礼を取って立ち去った男の態度がどうにも腑に落ちない。隠形している使令に男の後を追うように申しつけ、陽子は肩で息をしている農夫の許に歩を進めようとした。そんな陽子を、声を潜めた景麒が制止する。

「主上、お待ちください」
「あの人は、道楽で何かをしようとしているようには見えなかった。事情を知りたい」

 陽子はきっぱりと言い切る。景麒は溜息をついたが、それ以上諫言することはなかった。陽子は農夫に駆け寄り、一礼して声をかける。
「あの、いったい何があったんですか?」
「どうもこうもねえよ。丹精籠めてやっとできた稲を、好き勝手に使わせたりするもんか」
 農夫は吐き捨てるように叫ぶ。首を傾げる陽子を直視し、農夫は忌々しげに続けた。

「やっと米の飯が食えるってえのに、酒なんかにされてたまるかってんだよ」

「お酒……ですか?」
「これだから海客なんて奴は信用置けねえ」
「海客……」

「税を納めても残るようになったなけなしの米だ。誰にもやらねえよ!」

 農夫はこれ以上話すことはないとばかりに踵を返す。陽子は黙してその背を見送った。

 税を納めても残るようになったなけなしの米。

 陽子はその言葉を聞いて、登極してすぐ固継の里家で暮らした頃を思い出す。あのとき、普通に米を食べることはできなかった。小麦を練ったものと蔬菜の屑を煮て食べていた。王宮で陽子が食するものとは全く違う、貧しい食べ物。
 民のものを横から掠め取っているようで居たたまれない思いがした。それが王を欲する世界の論理だ、と隣国の王ならば笑うのかもしれない。けれど、陽子はそこまで割り切ることができなかった。

 主上、と景麒が気遣うように声をかける。陽子は顔を上げた。今の自分にできることをしたい。小さなことでも、ひとつずつ。大丈夫だ、と己の半身に返し、陽子は笑みを湛える。程なく戻った使令に案内をさせ、海客の男の許へと向かった。

 男は廬の一角に住居を定めていた。海客を保護する法が遵守されていることを知り、陽子は唇を緩める。景麒と桓魋を外で待たせ、陽子は家の中の男に声をかけた。訪ねてきた若い陽子を訝しみながらも、男は手を止めて陽子に眼を向ける。
「こんにちは。先程の遣り取りを見ていた者です。少しお話を聞きたいのですが」
 男は僅かに眼を瞠り、それから黙したまま頷いた。陽子は話を続ける。
「海客だそうですね。あちらではお酒に関わる仕事をされていたのですか」
「――杜氏をしていた」
 男は簡潔に答えた。とうじ、と陽子は首を傾げる。男は少し唇をほころばせた。
「知らないだろうな。酒を造る職人のことだ」
 それから男は滑らかに語り出した。蓬莱から流されてきたこと。言葉が通じなくて苦労していたこと。住まいを世話してもらい、慣れた頃にこちらにも稲があることを知り、酒を造ってみたくなったこと。
「――あんたは言葉が通じるんだな」
「……私は、ご領主さまのお手伝いをしているので」
 陽子は言葉少なに応えを返す。男はそうかと笑っただけだった。
「――ここは米も水も美味い。きっといい酒ができると思うんだが……」
「酒造りに必要なものを教えてください。ご領主さまはお酒がお好きです。ちょっとお話してみますね」
 男は眼を瞠り、僅かに喜色を浮かべた。陽子は慌てて言葉を続ける。
「あまり期待はしないでくださいね」
「ああ。お子さまにそこまで期待はしないさ」
 男は朗らかに笑った。陽子はほっと息をつき、己も笑みを浮かべる。気の良い人物だ。そして、信念と情熱を持っている。陽子はこの男の望みを叶えたいと思ったのだった。

「さて、酒好きな領主は何をすればいいんですか?」
 男の家を辞した後、桓魋が楽しげに声をかけてきた。察しのよい臣に、景王陽子は笑みを向ける。そして、事細かに説明してみせた。左将軍は恭しく拱手して、承りました、と笑う。景麒は軽く溜息をついたが、意見することはなかった。

 少し日を置いてから、陽子は再び海客の男を訪ねた。領主の許可をもらえた、と告げると、男は眼を輝かせる。必要なものは取り敢えず用意したが、足りないものがあれば知らせてほしい、と言うと、男は顔を曇らせた。
「そんなにしてもらっても、金は払えないぞ」
「出世払いで結構だそうですよ。まず、出来た酒を一番に飲ませてほしい、と仰せでした」
 陽子の言葉を聞いた男の瞳が輝きを増していく。間近でそれを見つめた陽子は密かに唇をほころばせた。

 それから時が経ち、海客の男は出来上がった一番酒を恭しく領主に献上したのだった。

「こんな美味い酒は飲んだことがないです」

 献上された新酒を飲むなり、桓魋は感嘆の声を上げた。傍で見守っていた陽子は漸く安堵の息をつく。男の努力がとうとう実を結んだのだ。己の身分を隠して男を庇護し続けたこの幾年を思い返し、陽子は唇を緩めた。
「ありがとう、桓魋」
「とんでもない。御礼を申し上げるのは俺の方です、主上。予想以上の出来だ」
 桓魋はそう言って相好を崩す。
「きっとこの酒は将来慶の名物となりますよ」
 桓魋の予言はいつか実現するだろう。陽子は確信とともに笑顔で頷いた。そして、この喜びを男に伝えようと思いつく。早々に仕事を片付けて、陽子は海客の男の仕事場へと向かった。

「こんにちは」
「おう」
 陽子は控えめに声をかけた。ぶっきらぼうな応えを返す海客の男は手を止めなかった。しかし、陽子を認めて僅かに口角を上げる。陽子は安堵し、邪魔にならないところを探して腰を下ろす。そして、弾んだ声で男に話しかけた。
「ご領主さまが、献上品にびっくりしていたよ。こんな美味い酒は飲んだことがないって」
「そうか」
「――嬉しくないの?」
 男の応えは端的だった。陽子は不安げに首を傾げ、男に問う。男は大らかに笑った。
「美味くないものを差し上げるわけがないだろう。あれは美味いんだ。お前もそう思っただろう?」
「私は……」
 飲んでいない、と言えずに陽子は口籠る。男は初めて手を止めた。そのまままじまじと陽子を見つめる。そうして弾けるように笑い出した。
「ああ、お前のようなお子さまにあの美味さが分かるわけがないな」
 ちょっと待ってろ、と言い置いて男は立ち去る。少しして、どこか懐かしい独特の甘い匂いが漂ってきた。見ると、男は湯気の立つ湯呑みを持っている。
「飲んでみろ」
「もしかして、甘酒?」
「そうだ。よく煮てあるから、お子さまでも酔わないはずだぞ」
 男はにやりと笑って陽子に湯呑みを差し出す。陽子は頬を膨らませてそれを受け取り、無言で口に含んだ。しかし、精一杯の抵抗もそこまでだった。
「美味しい!」
 濃厚で風味豊かな甘酒の味わいに、陽子は感嘆せずにはいられなかった。男はゆったりと腕を組み、尊大に首肯する。
「当然だ。美味い酒は粕まで美味いもんだ」
 次からはお子さまのために酒粕もおまけに付けてやる、と続けて男は笑う。

「お前が酒の味が分かるようになる頃には、もっと美味い酒になっているからな」

 男は子供のように無邪気な顔をしてそう言う。ほんとうは男よりも年上の陽子は、微笑んで頷くことしかできなかった。

 海客の男は、それからも美味しい酒を領主に献上し続けた。左将軍はその酒を気前よく金波宮に持ちこみ、酒宴を提供した。酒を飲めない者は共に献上される酒粕にて作られた甘酒に舌鼓を打つ。

 時が過ぎ、その酒は慶の銘酒とされるようになった。律儀に献上される酒を王の執務室へと届けに来た桓魋は、感慨深げに呟く。

「――主上御自らの庇護を賜ったと知れば、あいつはさぞかし驚くでしょうね」

 今や陽子が歳を取らないのは仙籍に入っているからだと承知しているが、もちろん男は驚くだろう。そして、態度を変えてしまうだろう。だから、陽子は桓魋にいつもの言葉をかけるのだ。

「内緒だよ」

 楽しげに笑う国主に、桓魋は苦笑を浮かべて拱手を返すのだった。

2017.10.04.

後書き

2017/10/04(Wed) 23:27 No.187
 「十二国で十二題」其の三「酒肴」をお届けいたしました。 あれ、と思われた方、正解でございます。 小品「貢物」@献上品の発端となるお話でございました〜。 5年前のネタを昇華できて感無量でございます……(笑)。
 恭・巧・奏・慶を昇華いたしました。あと幾つ書けるでしょうか。天帝のみぞ知る。
 さあ、投稿最終日まであと5日でございます。そこのあなた、諦めちゃダメですよ!  管理人とともに最後まで足掻きましょう(笑)。 あなたの素敵な「十二国で十二題」作品をお待ち申し上げております。

2017.10.04. 速世未生 記

そろそろ熱燗もいいですねえ。 ミツガラスさま

2017/10/05(Thu) 18:50 No.190
 こういうお話大好きです(♡)  妄想が広がってワクワクするんです(笑)
 やっぱり慶ではそれまで焼酎系のお酒が主流だったんでしょうか。 日本酒のキリッと感たまりませんよね。陽子さん永遠の未成年で味わえなくて残念です(笑)
 尚隆のいた時代だと清酒とは違いそうですし、雁でも清酒は無さそうですよね。
 きっと他国でも人気でることでしょう。 酒粕で粕漬けを作っても良しだし、慶の特産品バンバン売り出しましょう!
 妄想を刺激する素敵なお話をありがとうございました。

飲みたい!  ネムさま

2017/10/05(Thu) 23:24 No.194
 雁の黄金は麦畑だけど、慶は稲穂なんですね。陽子にとっては何にも代えがたい宝ですね。 懸命に育てた米を道楽に使わせないと言い切った農夫も、 いきなり放り込まれた異郷で夢を追う男も、また大切な民でしょう。 人も土地も作物も豊かに実る慶の様子が描かれていて、何とも幸せな気持ちになってきました。 アルコール分解ができない人間ですが、甘酒で慶の未来を祝って乾杯!!

おちゃめ主上最高です 由都里さま

2017/10/06(Fri) 01:46 No.203
 あああ、最高です。私、陽子さんと桓魋の2人組大好きなんです。 書いてくださってありがとうございます。
 この頃の陽子主上、国にも余裕が出てきたのか、わりとどっしり構えられていますね。 だいぶ年月が経っているので、海客の男性にもそこまで感慨は持たず、 市民生活にも「不甲斐ない王で…」の言葉も出てきません。 ちょっと茶目っ気のある感じがまた堪らないですね。 桓魋も自前のユーモアをふんだんに出しながら陽子さんに付き合っているのが また良いのです。
 私下戸なのでお酒は飲めませんが、この2人に勝手に酔ってました。 とてもおいしいれす。

気候もぴったり。 minaさま

2017/10/06(Fri) 16:41 No.210
 米はもともと南方の植物ですけど、基本酒造りは寒造り、 もろみの発酵にはある程度寒さがなきゃだめですから、 中緯度(?)の慶は酒造りには気候がぴったりですよね。 海客の杜氏さんも、きっとこの国ならうまい酒造りができる! と思ったのでしょう。
 ミツガラスさんのコメントにもありますが、酒粕を練って、 お肉や魚をつければ日持ちもするし、絶対特産物になりますよ☆

 同じ中緯度でも範ではこの時期、葡萄酒を醸していそうですが、 国主の印象の差でしょうか。笑

美味しいお話ですね……ごくり 饒筆さま

2017/10/06(Fri) 23:49 No.214
 今夜は肌寒いので、熱燗をくいっといただきたくなりました…… 肴は粕漬けを焙ったのを付けましょうかねえ……あああああ!  辛党には妄想が進み過ぎてツライお話です!(笑)
 がんばれ慶の杜氏さん! 蓬莱まで通販してくださいっ!

 それにしても、陽子さんの温情と気配りが素敵ですね。 この杜氏さん、高額宝クジに当たったようなものじゃないですか…… でも何気に桓タイが一番役得なような気がします(クスクス)

 心温まる、美味しいお話をありがとうございました。

私も欲しい! 文茶さま

2017/10/07(Sat) 01:43 No.223
 陽子主上は、こうして小さな光を見出して大輪の花を咲かせ、慶を豊かにしていくのですね。 じんわり感慨深くなりました。
 それにしても、この献上されたお酒の美味しそうなこと!  私もそんなに飲めるほうではないのですが、ちょこっとお裾分けしていただきたいです〜。 本当に是非通販をお願いしたい(笑)
 素敵なお話をありがとうございました!

ちょっくらつまみをば…(どっこいしょ)  篝さま

2017/10/09(Mon) 22:03 No.269
 なんて美味しそうなお話でしょう…(ごっくん)
 あああ、こちらのお酒はがっつりご飯に合う感じでしょうか、 それとも一品料理に舌鼓をうちながらちびちびいく感じでしょうか。 何とも興味をそそられます(笑)

 最初のきっかけは「出来ることを少しずつ」という信念に基づいただけかもしれませんが、 流石陽子主上!先見の明がおありで。すっかり名産品の一つですね。
 あああ、甘酒もいーなあ…(じゅるり)

 身も心も温まりそうな素敵なお話をありがとうございました!

ご感想御礼 未生(管理人)

2017/10/10(Tue) 23:52 No.317
 皆さま、今回最も気合を入れた作品に温かなご感想をありがとうございました〜。

ミツガラスさん>
 わ、こういうお話お好みですか、嬉しゅうございます〜。
 慶は米が主食というイメージが私の中にはございまして、それなら日本酒を造るしかない!  との妄想でございました。 元は甘酒を書くためのお話でしたが、長くなりすぎるので割愛した部分でございます。
 妄想を刺激するご感想をありがとうございました!

ネムさん>
 はい、同じ黄金でも雁の勇壮な麦と慶の優美な稲ではかなり印象が違うと思います。
 農夫には農夫の、海客に海客の、それぞれ言い分があり、 どちらも受け止める主上でいてほしいとの妄想も入っております。
 美味しい甘酒をネムさんにもお裾分けいたします(笑)。

由都里さん>
 陽子主上と桓魋の関係をお楽しみくださりありがとうございます。
 この頃の陽子主上は景麒を黙らせることができ、 出来ることを確実に実行できる力を持っているとの妄想でございます。 まあ、海客と聞いて余計に構ってしまったという裏事情がございますがね……(笑)。
 甘酒飲んで更に酔ってくださいませ〜。

minaさま>
 そうですね、慶は酒造りによい気候であってほしいと思っております。 ご賛同ありがとうざいます〜。
 酒粕の活用法! そんなふうに慶全土に広がっていくとよいですね〜。
 うふふ、確かに同じ中緯度の範は葡萄酒ですね!  ワイングラスとともに特産品になりそう……。
 素敵なご感想をありがとうございました。

饒筆さん>
 エア晩酌が楽しすぎます(笑)。私もご相伴に与りとうございます〜。
 はい、そのとおり。桓魋が一番役得でございましょう(笑)。

文茶さん>
 はい、ひとつずつできることをしているうちに、 大きな花を咲かせてしまう王さまになっていってほしゅうございますね〜。
 もうこうなったら、みんなでこのお酒を賞味する会を設けましょうか(笑)。

篝さん>
 つまみは何がよいでしょうね〜。案外海産物がイケるかもです!
 ねえ、小さなことを積み重ねて大きくしていく陽子主上が私も愛おしいです。 甘酒しか飲めないのも可愛らしい(笑)。
 こちらこそご感想をありがとうございました〜。
背景画像「素材屋 flower&clover」さま
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