「十二国で十二題」其の五(戴)
祭
戴がもっと暖かければ。
南国漣を訪問してそう思った。恭や範に比べても漣はそう豊かな国ではなかった。けれど、切羽詰まった様子が見えないのは、やはり暖かな気候のせいなのだろう。
小さく息をつき、泰麒は外を眺める。雲海の上でさえ白銀に染め上げられる戴の冬。人々は降り積もる雪のため、春まで家に閉じこめられてしまう。作物も育たず家畜も放せない無慈悲な季節。それなのに。
「綺麗……」
庭院を覆い、木々をも真白に染める、この雪のなんと美しいことか。暖かな室内から眺めるからこそ、そう思えるのだろう。下界の家には硝子の窓などなかった。戴の民にとって、雪は辛いものでしかないのだろう。こんなにも綺麗なのに。
台輔、と呼ばれて振り返る。すると、傅相が大きく眼を瞠っていた。
「どうなさったのです」
問われた泰麒は小首を傾げた。足早に歩み寄る正頼は、取り出した手巾でそっと泰麒の頬を拭う。そうされて初めて己が泣いていたことを知り、泰麒は慌てて首を横に振った。
「雪が眩しかったの」
小さな声で言い訳し、ほら、と外を手で示す。正頼は淡い陽に照らされた白銀の景色を見て、なるほど、と頷いた。
「今日は珍しく陽が出ていますからねえ」
「きらきらしてとても綺麗……」
泰麒はまた窓の外に視線を向ける。雪の美しさに眼を細めていると、傅相は軽く笑って提案した。
「外へ出てみますか?」
「いいの?」
「寒くないように準備しましょうね」
そう言って正頼は泰麒に褞袍を着せかけ、帽子や襟巻、手袋をも着けさせたのだった。
外は吐いた息が白くなるほど寒かった。けれど、積もった雪は泰麒に寒さを忘れさせる。歓声を上げて走り回り、屈んで雪を掬った。雪玉を作り、転がして大きくする。ふたつ重ねると雪だるまになった。それを見て思い出す。蓬莱の北の地方では冬に雪の祭が開かれていたことを。
「ねえ正頼、雪って辛いものなの?」
「そうですねえ、毎年嫌になるほど降って積もって何もできませんからね」
のんびりと大して嫌そうでもなく答える傅相に、泰麒は笑みを見せた。
「蓬莱の北の街では雪のお祭があったんだよ」
大きな雪像や滑り台、小さな雪像を作る人々。それらを巡る見物客、そんな人々を慰める暖かな食べ物や飲み物を売る小店。昔テレビのニュースで見たことがあるそんな北の祭を身振り手振りで説明すると、正頼は楽しげに眼を細めた。
「――いつか、戴でもそんな祭を開けるようになるといいですね」
そう言われて泰麒も笑みを深めた。眩しさに眼を閉じると旅の途中で見た下界の景色が甦る。家々を埋め尽くすかのように降り積もり、人々を閉じこめる真白の雪。無慈悲な自然に息を潜めて暮らす日々を終えることができるかは今の泰麒には分からない。けれど。
いつか、厳しい冬に耐えるこの国で、雪を楽しめる祭を開こう。
その思いは泰麒の小さな胸を優しく温めるのだった。
2019.02.11.
後書き
「十二国で十二題」其の五「祭」をお届けいたしました。
昨年纏められなかった冬のお話でございます。
なんとか雪まつりが終わり前に仕上げることができました。
北の国に生まれ育つ私も、冬の初めにはいつも灰色の街を染め上げる白銀の雪景色に
見蕩れます。
雪のない地方に生まれた泰麒はもっと雪の美しさに惹かれるのでは、との妄想でございました。
残念ながら、施政者の立場ではその想いに浸りきれないでしょうけれど。
そんなわけで、この御題は戴で書こうと当初から決めておりました。
書き上げることができ、感無量でございます……。
ご覧くださりありがとうございました。
2019.02.11. 速世未生 記