其の八「呪」@管理人作品第3弾
2017/09/29(Fri) 21:33 No.149
皆さま、こんばんは〜いつも祭にご投稿及びレス、拍手をありがとうございます。
本日の北の国、最低気温は7.6℃、最高気温は18.6℃でございました。
いきなりひとケタ気温でございます。東部や北部では氷点下になったところもございます。
まだ9月なのですがね〜。
さて、管理人はなんとか3つ目を仕上げました。
巧国、楽俊のお話でございます。
ちょっと苦しいかな〜と思いつつ、願望と妄想を籠めて書きました。
大丈夫な方のみご覧くださいませ。
- 登場人物 楽俊・陽子
- 作品傾向 シリアス・ほのぼの?
- 文字数 1677文字
「十二国で十二題」其の八
呪
2017/09/29(Fri) 21:36 No.150
「イタイノイタイノトンデケー!」
なんだそりゃ。
聞いた途端、頭の上に疑問符が浮かんだ。そんな楽俊になど構うことなく、陽子は己にぶつかった挙句転んで泣いた幼子を助け起こして宥めている。赤くなった膝小僧を撫で、件の科白を言いながらその手を勢いよく翳した。なんとも奇妙な動作と呪文だ。
はたして泣いていた幼子はぽかんと口を開け、陽子をまじまじと見つめる。陽子はというと、泣き止んだ子供に安堵の笑みを向けて告げた。
「もう大丈夫だよ。痛いのはさっきので飛んでいったからね」
ぶっきらぼうな声ながら、その笑顔は幼子を安心させたようだ。はにかむような笑みを見せ、幼子は小さな声でありがとうと言った。それから母親らしき者のところへと駆けていく。始めて見せる柔らかな笑みでその背を見送る陽子に、楽俊は問うてみた。
「さっきの呪文はなんなんだ?」
「――おまじないのようなものだ」
陽子は言葉少なに説明した。喋り過ぎたことを悔いるように唇を引き結び、楽俊に背を向ける。楽俊は陽子に気づかれぬように小さく溜息をついた。
陽子が幼子に告げた言葉を頭の中で反芻する。痛いのはさっきので飛んでいった。なるほど、と納得する。楽俊はくすりと笑って蓬莱のまじないを口にした。
「痛いの痛いの、飛んでけー、か」
はっと振り返った陽子は頬を朱に染めていた。が、何も言い返さない。ふい、と顔を背けた陽子の眼は遠くを見つめている。きっと、蓬莱のことを思い出しているのだろう。陽子自身もあちらで同じような体験をしたことがあるに違いない。楽俊はそれ以上何も言わず、再び歩き始めた。
巧から雁を目指して旅していたあの頃、蓬莱生まれの友人は頑なだった。無理もないことだ。彼女は知らない土地に流されてきて、何も分からぬまま追われて逃げていたのだから。そんな陽子が偶々見せた素の部分は楽俊を和ませた。友人になりたい、と心から思わせる出来事だったのだ。
そんなことを思い出したのは、久しぶりに帰郷したからだろう。とうとう王が斃れ、荒れていると噂の故郷から母を連れ出したくなった。母に引っ越しの相談をするために帰ってきたのだ。聞いたとおり、舎館を取った街も既に荒んでいる。楽俊は深い溜息をついた。そんなとき。
走ってきた子供が勢いよくぶつかってきた。倒れるまいと堪えた楽俊だが、子供は見事にひっくり返り、大きな声で泣き出す。慌てた楽俊は、子供の赤くなった膝を撫で、いま思い出していた蓬莱のまじないを唱えた。
「痛いの痛いの飛んでけー!」
正直いって、呆れられる気しかしなかった。陽子がこのまじないを口にしたときも、あの幼子はぽかんと口を開けて陽子を見ていたのだ。しかし。
「いたいのいたいの、とんでけ……」
しゃくりあげながらも、子供は小さな声で楽俊に唱和したのだ。楽俊は大きく眼を瞠る。それから、にっこりと笑って続けた。
「うん、痛いのはもう飛んでいったから大丈夫だ」
「――うん。ありがとう」
子供は涙を袖で拭き、素直に礼を述べた。泣き止んで落ち着いた子供に、楽俊は訊ねてみる。
「このまじないを、知ってるんだな」
「え、みんな知ってるよ。お兄ちゃんだって知ってるじゃない」
子供は目を丸くしてそう言い立てる。楽俊は二の句が継げなかった。そんな楽俊に手を振り、子供は駆けていく。その先には仲間らしき集団がいた。
楽俊は子供たちを眺め、唇を緩めた。荒み始めた国、雁から巧へ渡る船よりも、逆の方が遥かに多かった。妖魔が徘徊し、赤海から青海への航路も閉じて久しいと聞く。故郷への旅路は見るもの聞くもの暗いことばかりだったのだ。小さな街での小さな出来事が、楽俊の心をこんなにも温める。
蓬莱生まれの友人のまじないが、巧の子供たちに受け継がれていく。慶の新王の思いやりが、心柔らかな子供たちに沁みた証だ。それを知り得て嬉しかった。いつか、伝えることができるだろうか。聞いた彼女の驚く顔を思い浮かべ、楽俊は薄く笑む。そんな未来がいつか来ればいい。その頃の巧は、落ち着いているだろうか。
願わくば、いつか、笑顔でそんな話ができますように。
楽俊は瞑目し、頭を垂れたのだった。
2017.09.29.
後書き
2017/09/29(Fri) 21:37 No.151
巧国での楽俊の小品をお届けいたしました。
原作「万里」に、
母を迎えに巧へ行こうとした楽俊に六太がそっちはやるから柳を調査してくれと頼む
エピソードがございました。
その前にそんな長い休みがあるのかどうかは極めて疑問なのですが、
こんなひとコマがあるといいなという願望を形にいたしました。
ちょっと(かなり)苦しい代物ではございますが、
お楽しみいただけると幸いでございます。
皆さまの素敵な「十二国で十二題」作品をまだまだお待ち申し上げておりますね〜。
2017.09.29. 速世未生 記
なつかしい ネムさま
2017/09/30(Sat) 23:31 No.152
いいですよね、このおまじない。何だか楽しくなって。
荒んでいた頃の陽子。でも咄嗟に口についたこの言葉に、
彼女自身が癒されたような気がします。
そして陽子を気遣っていた楽俊も。この頃の二人のエピソード、
もっと読んでみたくなりました。
このお呪いが巧の人々を元気づけていってくれるといいなぁ。
そんな気分にしてくれる、ほっこり心温まるお話をありがとうございました ^^
なつかしいです、はい。 ひめさま
2017/10/01(Sun) 00:52 No.156
「件の科白を言いながらその手を勢いよく翳した。」
そして翳した手を「ピトッ」と言いながら幼子に戻し、
幼子の様子を窺いながら再度件の科白と仕草をしていたおばちゃんがいたなぁ、
なんてことを思い出しました(笑)。
楽俊、巧も段々と落ち着いてきてるんだよ。
とんでけー ミツガラスさま
2017/09/14(Thu) 23:20 No.31
口伝…っていうのでしょうか。
この手の言葉遊びや手遊びの類は不思議なほど子供達に電波していきますよね。
地域が離れると少し言葉や節回しが変わったり。
広い十二国を一周したら不思議なイタイノおまじないが出来上がってるかもしれないですね。
←そしてそれを楽俊が趣味で調査(笑)
笑いながら陽子に伝えられるそんな落ち着いた時代が巧に訪れるとよいな、と思いました。
ほんわりほっこりv 葵さま
2017/10/01(Sun) 12:43 No.161
未生さま、こんにちは!
あなたさまの1500Wまでの四穴延長コード・葵でございます。
子供ちゃんの口コミ伝承力はパないですよね…!
その昔陽子さんがぽろっと伝えたお呪いは子供心によく効いたのでしょうね。
次々と子供の口を伝わっていつしか巧の国全体に浸透していたとは、
ネズミさんが髭をふるふるさせてしまうのも無理からぬことでございます。
呪とは「心」や「気持ち」があって初めて成立するものなのかもしれないなと思いました。
素敵なお話をありがとうございました!
こんな呪なら大歓迎 饒筆さま
2017/10/02(Mon) 00:37 No.164
簡単で覚えやすく、発想がユニークで子供心に面白い。
「痛いの痛いの飛んでけー」は優れたおまじないですよねえ〜陽子さんグッジョブ!
しかし、これを唱える母子の置かれた苦境を思うと切なくなります。
楽俊……母国で見つからなかった居場所を雁国で掴んだとは言え、ツライところだね……(涙)
私も巧国の明るい未来を祈って「妖魔も災厄も飛んでけー」を唱えようと思いました。
実は個人的に大好きな楽俊(もふもふ万歳)のお話をありがとうございました!
やさしい気持ち 篝さま
2017/10/02(Mon) 21:48 No.167
思いも、願いも、きっと連鎖するんだろうなと、改めて思いました。
このおまじないが唱えられる度に、優しい物語がどこかで生まれているのでしょう。
あたたかな気持ちになれる素敵な作品をありがとうございました。
ご感想御礼 未生(管理人)
2017/10/03(Tue) 01:24 No.171
皆さま、拙作にご感想をありがとうございました〜。
ネムさん>
うちの連中にも言いましたけれど、
自分も言われたな〜なんて私も懐かしく思い出しました。
荒んでいた頃の陽子主上、こんなふうに素の部分が出たり、
育ちの良さを感じさせたりしていたのではないかとの妄想でございました。
お楽しみくださりありがとうございました。
ひめさん>
まあ、痛いの戻っちゃう! そんな悪いおばちゃんがいるなんて信じられませんわ〜(笑)。
楽しいエピソードをありがとうございました〜。
ミツガラスさん>
そうですね、子供の遊びの伝播力は半端ないです。
トランプなど少し複雑なものですと地域差がかなりあるのですが、
単純なものですと、割合似通っておりますよね。
はい、是非楽俊には追跡調査をお願いしたいものでございます(笑)。
葵さん>
延長コードさん、なんて素敵なことを仰るのでしょう。
さすがは1500Wでございますね……(なんのこっちゃ/笑)。
言葉の面白さや節回しだけでなく、やはり心が通って伝わっていくのかな〜
なんて願望を籠めております。お解りいただけて嬉しゅうございます。
饒筆さん>
咄嗟に出たおまじない、陽子主上は見事に伝播させてしまいました(笑)。
あまり明るく見えない巧の未来に一筋の光を差したことでございましょう……。
巧の明るい未来を私も一緒に祈らせていただきます。
楽俊をお喜びいただけて嬉しゅうございました。
篝さん>
はい、私もこのおまじないが巧の民人をほっこりさせてくれることを願って已みません。
こちらこそ素敵なご感想をありがとうございました。
素晴らしい呪!! 由都里さま
2017/10/06(Fri) 01:23 No.199
未生さんのオマジナイ小説、楽しませて頂きました!
楽俊はなんだかんだいっても自国への愛国心は持っていると思うので、
これからの巧でこのような希望を目にすることができたのは僥倖だと思います。
ところで日本は文化を輸入して自前に加工するのが大得意ですが、
巧国でも同じような現象が起こるのでしょうか。
蓬莱のこういう文化はもっとあちらに輸入されるべきです…かわいい…
ご感想御礼 未生(管理人)
2017/10/08(Sun) 20:34 No.233
由都里さん>
ちょっと苦しいおまじない小品をお楽しみくださりありがとうございました。
はい、楽俊は色々ありつつも愛国心溢れる人だと思ってます。
蓬莱の文化、こんなふうにこっそりひっそり広がっていっていると思うと楽しゅうございます。
主に私が(笑)。