「帰山で十題」 「管理人作品」 「祝10周年帰山祭」

其の一「窓から」@管理人作品第4弾

2015/09/26(Sat) 18:28 No.75
 皆さま、こんばんは〜。いつも祭にご投稿・レス及び拍手をありがとうございます。
 本日の北の国、最低気温は16.6℃、最高気温は20.7℃でございました。 色褪せた緑がはらはらと落ち始めております。

 9月も終わりに近づいて漸く第4弾とかスローペース過ぎる(苦笑)。 なんとか仕上げました。よろしければご覧くださいませ〜。

※ 管理人の作品は尚陽前提でございます。

「帰山で十題」其の一

窓から

2015/09/26(Sat) 18:30 No.76
 窓の外には海がある。天上と天下を分ける、雲海という名の海が。城の窓から、打ち寄せては白い波を散らす透明な海を見下ろして、呆れ果てたのはいつのことだっただろう。空の上に海があるなど、己の目で見るまでは信じられなかった。
 あちらにも海はあるだろう、と訊かれたことがある。空の上にはない、と答えると、知らないだけだろう、と笑われた。実際、地上から見上げても、雲海が見えることはないのだ、と。確かに、雲海に程近い場所にある禁門から見上げても、海の底が分かるわけではない。
 あちらでは、空の高みまで上がることなどなかった。しかし、丘の上に立つ屋形の窓から見えるものは瀬戸内の青い海、底に街灯りなどあるはずもない。

 窓から抜け出して、海の上を飛ぶ。月のない暗い夜、凪いだ水面の下には、関弓の灯が星を散らしたように輝いていた。あの光の数だけ人がいる。何もなかった登極時を思い出し、延王尚隆は唇を緩めた。
 玄英宮は雲海に浮かぶ孤島、見渡す限りに広がるは静かな海ばかり。眼下の灯がひとつずつ消えていく様を気が済むまで眺めては宮に戻る。そんなことを繰り返していた。が、その夜は。
 街灯りが消えた頃、細い月が昇って淡く海を照らした。煌めく銀波に魅せられて、尚隆は飛行を続ける。そのうちに、海上に突き出た小さな島に行き当たった。近づいてみると、伸び放題に枝を伸ばした木々の中に古びた建物がある。尚隆は月光に浮かび上がる露台を見つけ、静かに騎獣を下ろした。
 それは打ち捨てられた離宮のようだった。大きな窓を開けて中に入ると、厚く積もった埃が舞う。細い月明かりに照らされた堂室は、瀟洒だが古さが目立ち、雁の荒廃の長さを尚隆に感じさせたのだった。

 そんな遥か昔のことを思い出したのは、久々に顔を合わせた南国の風来坊が、不意に問いかけてきたからだろう。

「雲海の上を飛んだことはある?」

 そう訊きながら、ああ、と一人納得して利広はにやりと笑って見せた。
「愚問だったね。高岫を越えるなら、雲海の上の方が早い」
 そう続けて利広は人の悪い笑みを浮かべる。尚隆はその揶揄を無視して訊き返した。
「お前はどうなのだ?」
「やっぱりそうくるよね」
 風漢が素直に答えるわけはない、と肩を竦め、利広は手酌で酒を飲む。
「普通、雲海の上は行かないね。見るべきものがない」
「確かにな」
 答えながら 尚隆も酒杯を傾ける。荒廃の予兆を孕む国を検分するのなら、王都の民の暮らしぶりを見るのが常道だ。雲海の上にあるものは凌雲山、ほとんどが禁苑で、見るべきものはない。しかも、禁門ですら雲海の下に通じている。海の上を飛ぶには、窓から出るしかないのだ。

「――帰るときは適当な凌雲山に登ったりするけどね」

 酒を注ぎ足しながら、古参の風来坊は事もなげにそう言った。尚隆は手を止める。怪訝に思って見つめると、利広は爽やかに笑って尚隆の酒杯にも酒を注いだ。

「だって、禁門を通るのも面倒なときってあるじゃないか」

 こっそり抜け出たりしたら余計にね、と続け、利広は楽しげに笑む。窓から帰るのが定番なのだ、と。尚隆は少し眼を瞠り、それから酒杯を置いて笑声を上げた。
 窓から抜け出して、海の上を飛んでいた。しかし、この男は、窓から入るために、海の上を飛ぶのだ。それが何を意味するのか。尚隆は小さく首を振った。それよりも。

 窓から抜け出して、海の上を飛ぶ。遥か高岫を越えて窓から入ると、愛しい女が笑顔で迎えてくれるのだ。窓から窓へ。尚隆は静かに唇を緩める。すると、深い溜息が聞こえた。

「やっぱり愚問だったね」

 もう一人の風来坊は、そう言って酒杯を呷る。温かな家族の許へ帰るために海の上を飛ぶ南国の太子に、尚隆は遠慮のない哄笑を浴びせるのだった。

2015.09.26.

後書き

2015/09/26(Sat) 18:39 No.77
 「帰山で十題」其の一「窓から」をお届けいたしました。 8月末に書き始めながらちっとも纏らなかった小品でございます。 凌雲山の知識が曖昧だったため、原作を漁り、 なんだか解らなくなって放ってしまったのが原因(苦笑)。
 十二を読み始めて少なくとも十年は経っているのにまだこれですよ!  原作の奥深さを感じさせられました(笑)。

 この御題をいただいた時に浮かんだ、窓から出る尚隆と窓から入る利広、 仕上げることができて嬉しゅうございます。

 さて、延長フラグが立っております。後程正式にアナウンスいたします。 皆さまの素敵な帰山、まだまだお待ち申し上げておりますよ!

2015.09.26. 速世未生 記

そうか! 高度一万メートル 饒筆さま

2015/09/27(Sun) 00:25 No.79
 そうか……雲海上って、いわば航空機の高さで飛んでいる訳ですから(しかも下は海だし)、 確かに面白いものはありませんねぇ。 神仙の世界って、下界よりずっと殺風景かも?
 そんな超上空をかっ飛ばしてカノジョの家に飛んで行く尚隆氏も羨まカッコイイですけれど、 あまねく旅を繰り返し、素敵なご家族に「世界」の変異を伝えに帰る利広さんも ギリシア神話のヘルメスみたいで充分カッコイイと思います。 吉報でも凶報でも、ニュースっていきなり飛び込んでくるものですしねー。

 それにしてもこのお二方、何もない上空でニアミス起こしたりしないのかな?(笑)  遠ーくにそれらしい影が見えたら、お互いなんとなく避けていたりして (武士の情け的な感じで・うふふ)
 妄想が広がるお話をありがとうございます〜。

私も ネムさま

2015/09/27(Sun) 22:14 No.80
 読んで10年は経つはずなのに、 禁門が雲海の下ということを知らなかった…と言うより飛ばしてた?  やっぱり、ちゃんと想像力を働かして読まなきゃダメですね(反省)

 「窓から」と言うのは、中に入るだけでなく、抜け出す方法もあったんですね!  そして今では人気の無い場所ではなく、人の待つ窓辺へ飛んで行ける…  利広でなくとも「ごちそうさま」と言いたくなります(笑)

 微笑ましいお話、ありがとうございました。

雲海って不思議ですよね〜 つくしさま

2015/09/27(Sun) 23:08 No.82
 窓から出るのを楽しむ尚隆と窓から帰宅するのを楽しむ利広。 確か原作に「雲海上は妖魔も出ない」と・・・ 己と天だけがある世界を知る数少ない同志ですよね、二人は。
 所で、原作読んでどうにも不可解なのが、月と太陽なんです。 地上の民は雲海越しに月と太陽を見ているはずですよね?  確か雲海ってかなりぶ厚かったはず。普通に見えるはずはないよなぁ〜って・・・ (星は雲海の底に何かあって光っているのだろうとも思えるのですが)
 皆さま、どう思われますか?

ご感想御礼 未生(管理人)

2015/09/28(Mon) 00:48 No.83
 拙作にご感想をありがとうございました〜。

饒筆さん>
 そうです、「漂舶」には、玄英宮は絶海の孤島、なんて記述がございます。かなり殺風景。 ただ、下が透けて見えるのがちょっと面白いかも、と思って書いてみまいた。
 そしてニアミス! ちょっと思いました。どこか海の上ですれ違ってるかも、と!  いつもながら妄想を邁進させるご感想をありがとうございました〜。

ネムさん>
 はい、今回、禁門の位置も確認しようと原作を漁りました。 「黄昏」と「月影」描写がございまして、認識の誤りに気づいたのでございます。 禁門の外は雲海の下、内側はもう建物なんですよね〜。 短い廊下があって、階段が聳えている。 呪がかかっているからあっという間に上がれますが。 いやはや、呆然自失してしばらく放置いたしました(苦笑)。
 窓から出る尚隆と窓から入る利広、お楽しみいただけて幸いでございます〜。

つくしさん>
 「月影」での景麒奪還に向かうときは雲海の上を飛んでおりました。 どうやら雲海の上に住むのは王と州侯だけらしく、普通は知らないようですよね。 おっしゃるとおり、雲海の上には妖魔も出ませんし。 故にふたりは数少ない同士なのでしょうね〜。
 雲海については「東西」と「漂舶」に詳しい描写がございます。 天上から見れば身の丈ほどに見えるが潜れば底がない、 天下からは見上げても水があるように見えない。 空の高い所に上がれば玻璃の板を張ったような底が見えることもあるそうで。
 上からは街が透けて見えるので、下からも太陽や月や星がちゃんと見えるのでは、 と私は思います。
 皆さま、どうお考えでしょうか? ご意見を頂けると嬉しゅうございます。
背景画像「吹く風と草花と-PIPOの部屋」さま
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