「帰山で十題」 「管理人作品」 「祝10周年帰山祭」

其の六「花娘」@管理人作品第5弾

2015/09/30(Wed) 23:04 No.85
 皆さま、こんばんは〜。いつも祭に拍手をありがとうございます。

 本日の北の国、最低気温は9.8℃、最高気温は17.9℃でございました。 とうとうひとケタ気温でございますよ! 室温も20℃を割りました。 今朝はあちらこちらから今季初暖房との声が上がっておりました。 我が家はまだでございます。 一度点けるとずっとつけてしまいますので、もう少し我慢いたします。 最低気温5℃までは頑張ります〜。

 さて、9月最終日となりました。本日ひとつ仕上げましたので投下いたします。 漸く半分とか(苦笑)。
 原作「漂舶」ネタでございます。未読の方、ごめんなさい。 しかも結構捏造が多いですので、苦手な方はご注意を。

「帰山で十題」其の六

花 娘

2015/09/30(Wed) 23:06 No.86
 碧霄は賑わっていた。靖州との境にある小さな天領は、何年か前から霄山の大掛かりな整備のため、人足がどっと入りこんでいるのだ。霄山の主峰の高い所にある小さな堂宇は崩れかけ、通っているはずの隧道さえも埋まっているとなれば、かなり大規模な工事となる。集まる人数も並みでない。そのため、碧霄の里は膨れあがり、新たな建物が次々に建てられていた。

「風漢」
 声をかけると、窓辺に坐る男はゆっくりと振り返った。房室の主の花娘は、遅めの昼食が載せられた盆を小さな卓子に置きながら、男に軽く問う。
「珍しいものでもある?」
「また新しい楼ができたな」
 そう言って、男は窓の外に眼を戻す。小途の向こうには、鮮やかな赤い瓦と緑の柱を持つ真新しい建物があった。花娘は軽やかに笑う。
「人が増えたもの」
 元州の小さな天領である碧霄には、見るべきものなど何もない。大昔の罪人の墓があるという見捨てられた禁苑があるだけだ。それが、何故か近年手を入れられることになった。埋もれた隧道が整備され、崩れかけた堂宇は小さな離宮に建て替えられ、荒れ果てた園林は綺麗に整えられたのだという。完成間近で人が減ると思いきや、今度は物見遊山の客が増えたのだ。無論、霄山は禁苑なので、遠目に眺めるだけなのだが。

「人が増えれば妓楼も増えるのか。仕様もないな」

 男は苦笑を浮かべ、小さく嘆息する。花娘はそんな男を睨めつけて尊大に命じた。
「そういうあんたも客でしょう。莫迦なことを言ってないで食べたら衾褥を片付けるのよ」
「――俺は客ではなかったか」
 男は片眉を上げて花娘に問うた。花娘は大仰に溜息をつく。この男にそんなことを言う資格はないのだ。腰に手を当てて、花娘は男に言い含める。

「あのね、風漢。あんたは昨日もあたしに負けたのよ」

 数ヶ月に一度現れるこの男は、この辺では見ない立派な騎獣を持ち、いつも芸妓を沢山集めて派手に騒ぐ。金持ちなのだろうが、有り金がなくなるまで遊び倒しては借りた房室まで取られてしまうのだ。今回も拝み倒されて私室を貸したのだから、それくらい言っても罰は当たらないだろう。

 男はそれ以上文句を言わず、肩を竦めた。そして、おもむろに昼餉を食べ始める。花娘は茶を淹れながら呟いた。
「ほんとに人が増えて賑やかになったわ。街も綺麗になったし。昔は土を掘ったら骨がごろごろ出てきた、なんて話もされたけど」
「――雁は何もなかったからな」
 男はまるで見てきたようにそう言う。花娘は眼を見開いた。そういえば、この男が何をしに碧霄に来ているのか聞いたことがない。
「風漢はお役人? 霄山の人足ではないわよね」
「役人に見えるか?」
「――見えないから訊いてるんだけど」
 花娘は腕を組み、人の悪い笑みを浮かべる男を見返す。男は破顔し、物見遊山だ、と答えた。聞いて花娘は首を傾げる。
「大昔の罪人の墓しかないはずよ。なんで整備されてるのか分からないくらい」
「国庫に余裕ができたからだろう」
 軽く笑って男は立ち上がる。そして、束の間花娘を懐かしげに見やると、言いつけどおり散らかした衾褥を片付け始めた。花娘はその貌を不思議に思う。
「どうかした?」

「――昔、同じようなことを言った女がいた」

 少しお前に似ている、と続け、男は笑う。どう答えてよいか分からない。困惑した花娘は黙して肩を窄める。それから、冷めかけた茶を飲み干し、盆を下げるために立ち上がった。
「そろそろ出る」
「置いてくるから待ってて」
 衾褥を手にしながらそういう男に応えを返し、花娘は房室を出た。急いで食器を下げて戻り、花娘は男を伴って玄関へ向かった。

「また来る」
 そう言って片手を挙げる男と入れ替わるように、新たな客が現れた。いま見送ろうとしている客と同じように見事な騎獣を連れた身なりの良い若者だ。花娘は頭を下げつつ声をかける。
「いらっしゃいませ」

「――あれ」

 若者は小さく声を上げる。花娘が訝しげに顔を上げると、若者は男を見て爽やかな笑みを浮かべていた。男は嫌そうに顔を蹙める。花娘は二人を見比べた。知り合いなのだろうか。

「――どうしてこんなところにいる」
「そろそろ頃合いじゃないか。無軌道な王が禁苑の整備を始めたとか言うから、墓でも作るのかと思ってさ」

 憮然と問う男に、若者はそう言ってにっこりと笑む。男はひととき苦い貌をしたが、すぐに唇を歪めて笑った。妙な緊張感に、花娘は固唾を呑んで立ち竦む。男はそんな花娘の肩を叩いた。
「世話になった」
 それだけ告げて、男はゆっくりと歩き出す。呆然とその背を見送る花娘に、若者が楽しげに声をかけた。
「世話になるよ」
 我に返った花娘は、釈然としない想いを抱きつつ、新たな客に再び頭を下げたのだった。

2015.09.30.

後書き

2015/09/30(Wed) 23:21 No.87
 「帰山で十題」其の六「花娘」、名もなき花娘さんの語りでお届けいたしました。 久々に一気書きした小品でございます。
 尚隆視点で書こうと思ったのに、気づけば花娘さんが語っておりました。 あれ? ま、まあよいことにいたします。
 「漂舶」を未読な方には申し訳ないのですが、 かの方が思い出しているのは湘玉でございます。 時代も場所も違うのですが、湘玉を思わせる花娘さんが今はお気に入り、 というところでございましょうか。 「頃合い」と利広が言っておりますので、きっと登極300年頃なのだと思います。
 捏造満載で申し訳ないのですが、お楽しみいただけると幸いでございます。

 皆さまの素敵な帰山、まだまだお待ち申し上げております!

2015.09.30. 速世未生 記

ニヤリなニアミス( ̄▽ ̄)  饒筆さま

2015/10/01(Thu) 22:55 No.89
 「世話になった」「世話になるよ」のシーンが小気味良いですね♪  お二方の正体を知る側としてはニヤニヤしてしまいます〜 これから利広さんの聞き込み調査(笑)が始まるんでしょうね(くつくつ)

 そして雲上で永過ぎる時を生きる王と、 短い今生を精一杯生きている花娘の会話も奥深いですね。 いえ、きっと花娘さんは思ったことを率直に言っているだけなのでしょうが、 こんな会話をあちこちで交わしながら自分を客観視したり 地上の民とのギャップを埋めたりする尚隆氏の日常?が垣間見れたように思います。

 読み返したくなる味わい深いお話をありがとうございました。

もしかしたら ネムさま

2015/10/01(Thu) 23:13 No.90
 尚隆の好みは、気が強くて世話好きな女性なのでしょうか。 湘玉にもポンポン言われていたけど、嫌そうじゃなかったですものね。 こうして毎度派手に遊んで賭けで負けて、好みの女性に怒られながら部屋を借りる… 結構楽しそうかも(笑)
 登極300年頃に斡由の墓がある禁苑を整えたのは、何かをあったのでしょうか。 利広が禁苑に潜り込んで、そこにいた尚隆から話を聞く、 なんて展開があるのではないかと期待しています!

ご感想御礼 未生(管理人)

2015/10/02(Fri) 23:40 No.91
 本日の北の国、最低気温は11.7℃、 最高気温の21.7℃は朝の4時でございました。 大荒れ予報、一時最大瞬間風速は20mに達したようですが、 街路樹が折れることもなく、無事に済みました。 本日私は一歩も外に出ておりません(苦笑)。

 捏造満載の拙作にご感想をありがとうございました!

饒筆さん>
 ニヤリなニアミスをお楽しみくださりありがとうございます〜。 実はかの方の語りでは利広に会えなかったのでございます!  それじゃあ帰山にならないかと思い視点を変えてみたのでした。
 はい、これからねちねちと聞き込み捜査が始まります。 きっと花娘さんもノリノリでございましょう(笑)。
 「漂舶」を読んで、「人が増えた」と喜ぶ湘玉に胸打たれました。 私自身、「人が増えると妓楼が増える現実」を仕様もないと思ったからです。 恐らく、かの方も同様に感じたのではないかと妄想いたしました。 悠久の時を生きる者は、 その身に時を刻んで生きる者の輝きに魅せられるのではないか、と。
 深いお言葉は心の栄養になります。ありがとうございました。

ネムさん>
 「漂舶」を読んで、湘玉の物言いは客に対するものじゃないよな〜と思いました。 でも、かの方は全然気にしていないので、しかもそこそこ顔を出しているようなので、 こういうひとを気に入るんだな〜と(笑)。今回もきっと楽しんでいると思います。
 そして妄想を邁進させるお言葉を! なんだかむずむずいたします(笑)。 ありがとうございました!
背景画像「吹く風と草花と-PIPOの部屋」さま
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