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御題其の十七

(浩陽及び末声注意!)

桜の想い

 安らかに眠る男の寝顔を、その腕の中でしばし見やる。蒼白な、切羽詰った表情を思い出し、今更ながら胸が痛む。

 ──置いて逝かれる気持ちは、よく分かるから。

(本当のあなたを、見てみたい)

 そう言って、この目を覗きこんだ男。──この、果てしない暗闇を、知らぬ男。陽子の身体をしっかりと抱きしめるその熱を、愛おしいと思った。でも、それは──。

「──お前は、私を買い被っている」

 そっと牀を抜け出し、身支度を整えた陽子は、男を眺めながら囁く。本当の「陽子」はどうしようもない暗闇を抱え、ただ孤独に耐えていた。「陽子」は淋しかった。だから……嬉しかった。最後に「女」を求められて。そして……抜け殻だと思っていた己の心に、まだ「陽子」が残っていたことに、気づいて──。男の熱を受け入れる、充分な理由だった。

 だから、お前は、理由など、知らなくていい。これ以上、私の我儘を、許すな。傷つく覚悟など、するな。

「──ありがとう、浩瀚……」

 陽子は眠る男に密やかな口づけを落とす。出会ってからずっと、無私に手を差しのべてくれた男。お前は、幸せに、生きてくれ、と願いながら。

2006.05.23.
 ──何故陽子は浩瀚を受け入れたのか。「桜夢」本編には書きませんでした。書けませんでした。 皆さまのご想像にお任せしようとも思ったのですが、陽子が最後に語りたがったので、 筆のおもむくままに書いてみました。
 傷つく覚悟をする浩瀚も、己の我儘を知る陽子も、痛いです。

 ──題名に「御題其の十七」の但し書きを忘れておりました。 あまりの放心に我ながら呆れてしまいます。(2006.05.25.追記)

 「桜夢」をご覧になりたい方は末声別館 「夢幻夜想」へどうぞ。別窓開きます。 (2008.07.27.追記)

2006.05.23.  速世未生 記
(御題其の十七)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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