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御題其の十八

(末声注意!)

想い乱れて


「──班渠」
「ここに」
「──連れて行ってくれ」
「主上……」
 使令が足許から現れて応えを返す。譫言のような陽子の呟きに、班渠は諫める声を上げる。

「連れて行ってくれ、あの……桜のところまで」

 陽子は班渠の目をはたと見つめた。班渠は黙して陽子を背に乗せ、白みかけた空を舞い上がる。夜の冷気が頬を撫でる。その冷たさはこれから起こることを予期させるかのようだった。

 桜の大木が見えてきた。まだ蕾をつけたばかりのその桜の根元に班渠は降り立った。そのまま足許に消えようとした班渠に陽子は声をかける。
「金波宮に戻って景麒に伝えてくれ。しばらく独りにしてほしい、と」
「──主上!」
「頼む、班渠。今だけだ。──景麒はまた心配しているだろう」
「──畏まりまして」

 班渠の気配が消えた。陽子は明けてゆく空と、蕾をつけた桜を見上げる。毎年、伴侶と二人で、和やかに見上げた、桜を。

2006.05.30.
 御題其の四「最後の逢瀬」後、尚隆を見送った陽子です。 表に出せない書き散らしたお話、「慟哭」の一場面です。 ああ、 こんなの出して、ごめんなさい……。

 「慟哭」をご覧になりたい方は末声別館 「夢幻夜想」へどうぞ。別窓開きます。 (2008.07.27.追記)

2006.05.30.  速世未生 記
(御題其の十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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