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御題其の二十四

横文字 (2)

 衝動的に書き流した横文字を、浩瀚が見咎めた。しまった、と思ったがもう遅い。
「──蓬莱の文字でございますか?」
「ん? ──ああ、これか。英語っていう蓬莱の異国の文字だよ」
 涼しげな笑顔で浩瀚は問いかける。陽子は目を上げずにそう答えた。そんな陽子に浩瀚は笑みを返す。
「なんとお書きになったのですか?」
「──まあ、いいじゃないか」
 この怜悧な臣は、ただそれだけで、どれだけ悟ってしまうのだろう。誰にも気持ちを知られないように、独り言のように書いただけなのに。
「──恋文、ですね」
「──っ! ち、違うよ!」
 案の定、浩瀚は小さな声で核心を突いてきた。動揺を隠しきれない陽子は、狼狽えて頬を朱に染めた。浩瀚は忍び笑いを漏らす。主をからかうなんて、相変わらず、小憎らしい男だ。陽子は頬を膨らませ、短い言葉を書き綴る。
「それは、私の悪口でございますね」
「──よく分かったな」
 浩瀚はまた涼しげに微笑し、軽く答える。陽子は思わず感嘆の溜息を漏らした。
「お顔がそう語っておられますよ」
「──お前には敵わないなあ」
 楽しげに応えを返す浩瀚に、陽子は肩を竦め、笑みを送る。まだまだ修行が足りないな、と。

 そう、それは遠い伴侶に馳せる想い。

 With you, Without you, I always love you

 あなたとともに……あなたなしでは……いつも、あなたを、想ってる……。

 そして、いつも敵わない大人の臣に。

 Fuck you !

 口に出すには、はしたない、悪口を。

2006.06.20.
 浩瀚サイドを書きながら、笑ってしまい、陽子サイドを書き流しました。 懸案の横文字です(笑)。「所顕」後の執務室ってところでしょう。 (拍手其の九)

2006.06.06.

 横文字の予想をしてくださった方もいらっしゃいましたが、予想通りでしたでしょうか(笑)。 楽しんでいただけたら嬉しいです。

2006.06.20. 速世未生 記
(御題其の二十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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