「目次」 「玄関」 

御題其の五十三

(末声注意!)

口に出せぬ謝罪

 もう、涙も出なかった。

 桜の幹に背中をつけて、陽子はぼんやりと暮れていく西の空を眺める。沈みゆく太陽は、まるで己の王朝のように思え、陽子は薄く笑う。
 やがて、空が黄昏にすっかり包まれてしまった頃。微かな気配に、陽子は顔を上げる。そっと迎えに来た景麒が遠慮がちに声をかけてきた。
「──主上」
「景麒……心配かけて済まなかった」
 陽子はゆっくりと立ち上がった。そして、景麒の肩に額をつけ、小さく詫びる。景麒は黙したまま、陽子の肩を抱いた。
 何も問わぬ己の半身の優しさに感謝しながらも、陽子は胸で密かに呟く。

 済まない、景麒。私は、いつか、お前を、置いて逝く──。

2006.12.03.
 たまに爆発的に書きたくなる末声──「慟哭」の一節。 御題其の十八「想い乱れて」の続きにあたります。 痛くても、辛くても、書き進めて落ち込む私は、M気があるのかしら…… と自嘲する今日この頃でございます。
 「慟哭」より、「来訪」の続きを書きたいんだけどなぁ……。 実は一番書きたいのは「王さまの耳はロバの耳」の続きなのですが。 なかなか上手く纏まりません、何もかも。
 「黄昏」第22回を書きながら、そんなことをつらつらと思っておりました。

2006.12.03.  速世未生 記
(御題其の五十三)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「目次」 「玄関」