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御題其の五十五

景王の疑問

「何のことだったんだろう……」
 卓子に頬杖をつき、陽子がひとりごちた。尚隆は伴侶の横顔を見つめる。
「何がだ?」
「あのね──」
 陽子は、先日起きた出来事を、尚隆に話して聞かせた。

 陽子が氾王を李斎に引き合わせた後のことである。堂室に戻ると、景麒が振り向いて恭しく拱手した。その後ろには蘭玉がいた。ああ、氾麟がまた蠱蛻衫を羽織っているのだ──陽子はそう理解した。
 氾麟を振り返った景麒は、大層驚いた顔をした。それから、困惑気味に陽子と氾麟を見比べたのだ。
(──よく分かったわ、景麒)
 氾麟はそう言って笑みをほころばせた。能面のような景麒の顔が、ほんのりと朱に染まる。それを見て、氾王は苦笑交じりに氾麟を嗜めた。
(嬌娘。初対面の者をそのように苛めるなど、失礼ではないかえ)
(まあ、主上。苛めてなんかいませんわ。あたしは疑問を解決したかっただけですもの)
 氾麟は屈託なく笑い、景麒はますます赤くなった。氾王は意味ありげに陽子に笑いかけたが、陽子は首を傾げることしかできなかった。

「──というわけなんだよね」
 陽子は語り終わり、ふうと息をつく。尚隆は何も答えない。訝しげに覗きこむと、尚隆の肩は小刻みに震えている。陽子は不思議そうにわけを訊ねた。
「何? どうしたの?」
「──なるほどな」
 尚隆は一言感想を述べ、また肩を震わせる。
「ねえ、私はさっぱり分からないんだけど」
「──」
 陽子は苛立たしげに問いかける。そんな陽子の頭に大きな掌を置き、尚隆は声を殺して笑うのみだった。

2006.12.07.
 御題其の四十五「氾麟の疑問」から妄想した小品でございます。 「黄昏」第22回を書く景気づけのため、かしら。 「守り人」の最新刊を図書館から借りてきて、ちょっと我慢しているのですが……。 誘惑に負けて、手に取ってしまいそう!

2006.12.07.  速世未生 記
(御題其の五十五)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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