御題其の七十五
その日
主が小さく息をついて筆を置く。視線はあらぬほうへ彷徨い、やがてまた微かに息を吐き、筆を取る。それを今朝から何度も繰り返していた。冢宰浩瀚は、主に気づかれぬように、そっと嘆息した。
とうとう蓬莱で泰麒が見つかり、延王が虚海を超えて迎えに行く。そんな日に、胎果の女王が平静でいられるはずもない。
「──主上」
苦笑を湛えて声をかけると、主はびくりと肩を揺らした。今朝、盛大な溜息をつき続ける台輔を執務室から追い出した女王は、浩瀚の次の言葉を予想できるらしい。軽く咳払いをし、主は応えを返した。
「な、なんだ、浩瀚」
「今日は全く身が入っておられないようですね」
「そんなことは……」
「ございます」
にっこりと笑んで断じた浩瀚に、主はうっと言葉に詰まる。浩瀚は更に畳みかけた。
「今日はもうお休みなさいませ」
「大丈夫だ。まだできる」
「いいえ、お休みください」
かぶりを振る主をしっかと見つめ、涼やかに笑んだ浩瀚は強い口調でそう告げた。主はもう抗わなかった。
麒麟が麒麟を思う気持ちも、胎果が蓬莱に馳せる想いも、浩瀚には計り知れぬものだ。だからこそ。
せめて今日くらいは御身のためにお休みくださいませ。
悄然と執務室を後にする主の細い背に、浩瀚は深く頭を垂れて拱手した。
2007.07.06.
長編「黄昏」余話でございます。
「泰麒帰還の日、浩瀚に執務室から叩き出された陽子主上」を書いてみました。
何気に「黄昏」モードでございます。
けれど、本編に詰まると、こうやって余話を書き綴ってしまうのでございます……。
何卒気長にお待ちくださいませ。
2007.05.30. 速世未生 記
(御題其の七十五)
Kさま
2007/07/06 22:52
こんばんは。
久しぶりの「黄昏」の浩瀚♪ おお! この場面できましたか……。
係わりたくても係われない自分に悶々としている浩瀚が来るかと思っていたのですが。
己の分をキチンと弁えて、自分にできることをこなす姿は、さすが浩瀚です。
でも、可愛くない………
私は浩瀚の、己の分を弁えながらもグルグル考えてる姿が好きなのですよ〜。
て書いたら、Hさま怒る?(笑)
追伸:今思いついたのですが、「氾浩対決」ってありえないですか?(笑)
Hさま
2007/07/07 00:58
こんばんは〜
本当に久しぶりの浩瀚なのに
なんだか物足りなくて、でもどう表現したらいいか言葉が見つからなくて・・・
悩んでおりましたら素敵なコメントが!
というわけで怒ったりいたしませんよ、Kさま。
少数精鋭熱烈浩瀚ファン復活(?)
邪 だの 黒 だの また陥りそうな感じがいたします(笑)
未生(管理人)
2007/07/07 05:00
あちゃあ〜、物足りないですか!
Kさま>
そんなことばかりおっしゃって……(笑)。私には浩瀚虐め萌えはない(はず)ですよ〜。
私のツボは陽子主上虐めですもの……。
はっ! もしかして、その意趣返しですか?(笑)
「氾浩対決」──残念ながら今は思いつきません〜。
Hさま>
物足りないですか! あなたもほんとに毒されておしまいになったのね……よよよ(笑泣)。
「惑乱」尚隆視点が進みそうなコメントをありがとうございました(笑)。