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御題其の七十七

迫り来る怨詛

(台輔……)
(台輔、お助けください)

 まるで幽鬼のように、人々が押し寄せる。氾麟は目を見開き、全身を硬直させた。

(台輔……麒麟は私たちに慈悲を恵んでくださるのでしょう?)
(何故、お逃げになるのです?)
(お見捨てになるのですか、哀れな私たちを)
(お怨み申し上げますぞ、台輔……)

 おぞましいまでの怨詛を向けて、人々はじりじりと迫り来る。その中に、土気色の顔をした、鋼の髪の麒麟がいた。

(氾台輔……私はこのような怨詛に、六年も耐えてきたのですよ……)

 怨詛を纏い、腐臭を漂わせた麒麟は、ゆっくりと氾麟に歩み寄る。氾麟は思わず後退った。

(──あなたが、安全な場所で、主に甘えているときに……)

 麒麟とは思えぬ昏い瞳で氾麟を見つめる泰麒──。

 氾麟は悲鳴を上げて目覚めた。そんな氾麟を、氾王がしっかりと抱きしめていた。
「……主上」
「嬌娘……うなされていたぞえ」
 主にぎゅっとしがみつき、氾麟は掠れた声で問うた。
「──主上、泰麒は助かりますよね?」

 助かると言ってほしい──。

 氾麟は祈るような気持ちで主を見上げた。

「──そのために、蓬山に連れて行くのだえ」

 目を逸らすことなく、氾王は静かに語る。主に縋り、氾麟は嗚咽を堪えることができずにいた。

2007.08.22.
 長編「黄昏」第37回で倒れてしまった氾麟のその後でございます。 なんだか暗くてごめんなさい。 けれど、泰麒に降りかかった災厄を、麒麟ならば他人事とは思えないでしょう、 と私は妄想したのでございました。

2007.08.22.  速世未生 記
(御題其の七十七)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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