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御題其の八十

冗祐の本音

「──冗祐」
 女王は躊躇いがちに口を開く。

 問いたい、けれど。

 そんな揺れる思いが、女王の身の内に潜む冗祐に伝わってくる。

「──何故、景麒の命に背いて……私に話しかけたんだ?」

 どんなに泣いても叫んでも、呼びかけに応えなかったくせに。

 冗祐には、声に出せぬその思いが、手にとるように見えていた。女王が恥じるその暗闇こそが、冗祐を動かす。麒麟の使令となり、光に繋がれし冗祐の本性は妖魔。女王の放つ眩しい光も、その身内に抱える昏い深淵も、冗祐にとって好もしいものであった。
 麒麟が二形を持つように、王とは光と闇を身の内に抱える者なのだろう。女王とともに過ごしながら、冗祐はそんな考えを持つようになった。

「主上が、必要としていた言葉を、お送りするためです」

 冗祐は静かに応えを返す。あのとき、女王は、己の心の深奥に隠された暗闇を知る者を必要としていた。親友すらも知らぬ昏い深淵を知る者を。

「私だけが、全てを知っていたのですから」

 女王の伴侶ではなく、親友でもなく、冗祐だけが女王の体験全てを知っていた。あのとき、女王の背を押すことができたのは、蓬莱からずっとともに過ごした冗祐だけだった。
「あなたこそが、麒麟に選ばれた景王なのですよ、主上」
「──ありがとう、冗祐」
「使令は麒麟に仕え、ひいては王に仕える。礼を言っていただくにはおよびません」
 前にもそう諫言した。しかし、冗祐には女王の応えが予想できた。

「それでも、お前がいてくれて、よかった」

 はたして女王は感謝を告げて破顔した。心に闇を隠しながらも、女王の笑みは陽光のように眩しい。この光が、これからの慶を遍く照らしていくのだろう。

 台輔、あなたが選んだ女王は、輝かしい方です。

 いつか主にそう伝えよう。冗祐は静かに微笑んだ。

2007.11.08.
 「2周年記念祭」で「女王の守り人」を書きました。 その際、「いつも思うのですが、『ないものとして振舞え』と命令された冗佑は なぜ命令に反したのでしょう?」とご感想をいただきました。 ずっとずっと頭を離れない疑問でありました。
 結局、冗祐が語りだしてくれたのは、つい最近でございます。 ずっと陽子主上の側近くに仕えた冗祐らしい本音のような気がいたします。 これだもん、「1周年記念祭」で書いた「冗祐の誓い」で冗祐が感慨に耽るわけですよね。
 Aさま、いつも妄想を刺激するご感想をありがとうございます。 大変遅くなりました、ごめんなさい〜。お気に召していただけると嬉しいです。

2007.11.08.  速世未生 記
(御題其の八十)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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