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御題其の八十八

雪の降る音

 雪が舞っている。淡い陽に、きらきらと輝きながら。今日は風もない。寒さに引き締まった空気が、澄んだ音を立てたような気がした。
 思わず耳をそばだてると、降る雪の微かな音が聞こえた。

 雪の音──昔聞いたことがある、懐かしい音。

 陽子は感嘆の溜息をつき、そして、己が立てた音の大きさに驚いた。白い息が、空にたゆたい、消えていった。
 不意に背に視線を感じ、陽子は振り返る。笑みを見せる伴侶がそこに立っていた。冷えた身体が、現れた温かなものに吸い寄せられた。
 陽子は伴侶の胸に身を添わせる。巻きつけられた腕の温もりに、凍えた身体が融けていく。小さく息をついた唇に、温かな唇が重なった。目を閉じると、密やかな音がした。
 降る雪。触れあう唇。肩から落ちる髪。次第に力が籠められる指さえも、微かな音を立てていた。そして──。

 燠火が燃える音がした。ちりちりと、密かに燃える、愛おしき火。

 ゆっくりと薪を炙る炎の音と、頭に舞い降りる雪の音。相反するようで、どちらも心を打つ。

 今、ここに、言葉はいらない。

 陽子は笑みを浮かべ、広い背に回した腕に力を籠めた。

2008.03.05.
 「丕緒の鳥」を読んでからずっと、音のない世界で、雪の降る音を聞いておりました。 自ら微かな音を立てながら、雪は周りの音を包み、消し去ってしまうのです。 それを擬音で表現することは、残念ながらできませんでした……(溜息)。
 そして、言葉を繰る身でありながら、「言葉のいらない 瞬間ひととき」 に惹かれてしまいます。その矛盾がまた愛おしい……。 けれど、私はしがない散文書きだな、と書いたものを見て思ったりいたします。

2008.03.05. 速世未生 記
(御題其の八十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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