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御題其の八十九

冢宰の日常的な憂慮

「──主上!」
 外殿の回廊を歩く景王陽子の御前に伏して声を上げる者がいた。冢宰浩瀚が合図する前に、大僕虎嘯と小臣が黙して主を囲む。しかし、女王は静かな声で側近たちに命じた。
「待て」
 護衛は油断なく身構えたまま動きを止めた。浩瀚はそのまま状況を見守る。下官は伏したまま動かない。女王は一歩前に進み出、下官に声をかけた。
「伏礼はいい。面を上げよ」
「はい!」
 叱責を受ける覚悟を見せて、下官は背筋を正した。国主景王は微笑を浮かべて促す。
「私に用があるんだろう? 言ってみよ」
「恐れながら申し上げます──」
 緊張を見せながらも、下官は真摯に奏上する。女王は時折頷きながらそれを聞いた。国事を揺るがすような案件ではないことを確認しつつ、浩瀚は黙して主を見守り続けた。
「──よく伝えてくれた。後事は追って沙汰するから」
「ありがたきお言葉」
 奏上を終えて再び伏した下官に、女王は温かな言葉をかける。下官は畏まって更に深く頭を下げた。浩瀚は小さな声で主を促した。それを受けて女王は再び執務室に向けて歩き出す。大僕と小臣もそれに従った。

 執務室の扉を閉めてから、浩瀚は主に向き直り、深い溜息とともに諫言した。
「主上、またあのようなことを……。お身体が幾つあっても足りませんよ」
 何のために官がいるとお思いですか、と浩瀚は続ける。が、書卓に向かう主は、くすりと笑ってゆったりと応えを返した。

「──私は神籍に入ったが、万能ではない。だから、言いたいことがある者の話には、耳を傾けたいと思うんだ」

 浩瀚は思わず言葉に詰まった。主の笑みは慈愛に満ちている。浩瀚の胸に、かつて聞いた太師の言葉が蘇った。

 民は王の子である──。

「それにね、浩瀚」
 主は打って変わって悪戯っぽい貌を見せる。それから、いかにも楽しそうに笑って言った。
「王に直談判しようなんて輩は、無謀だろうけど、悪い奴じゃないと思うよ」
「それはいったいどなたの入れ知恵でございますか?」
 そんなことを言いそうな人物の顔を思い浮かべ、浩瀚は笑い含みに問うた。主は片眉を上げてにやりと笑う。
「──言わずもがな、だろう?」
 思ったとおりの応えに、浩瀚は笑いを堪えつつも恭しく拱手した。

2008.04.24.
 最近の私の癒し系、浩瀚殿にご登場願いました。 はい、お解かりの方もいらっしゃると思いますが、リアルでの鬱憤晴らしでございます。 以下、ウザい独り言でございます。それでも構わない、という心の広い方のみご覧くださいませ。




 先日、ある会議中に問題提起がなされ、活発に論議が進みました。 気軽で陽気な面子のせいもありますが、久々に心が晴れました。 公の場では発言せず、陰で異議を唱える人が多かったからです。
 話が逸れましたが、意見が纏まり、更に上に話を持っていく、というところで会議は終了。 その後、少人数で直談判に向かったのですが、それがもう、大変だったのです。
 長くなるので省きますが、人により、その物事に対する比重が異なるという事実 (当たり前ですが)。 解ってはいましたが、行った私たちは目と目を見交わし、「そっちかよ!」「上がそれでどうする!」。 ほんと、心の声がひしひしと聞こえてまいりました。
 それでも、「冷静に、冷静に」と胸で唱えつつ直訴を終了させました。 終わってからの感想が、みんな、「あんの狸め〜〜〜!」(笑)。

 無論、直訴したからといって、必ず叶えられるとは思っておりません。 けれど、声を上げなければ伝わらない。結果が全てはないと思うのです。

 ──陽子主上には、決死の思い(!?)の奏上を、真摯に受け止めるトップであってほしい との願いを籠めて、この小品を書きました。後書きがウザくてごめんなさい。

2008.04.24.  速世未生 記
(御題其の八十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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