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御題其の九十四

玄英宮のよくある騒動

「──これで文句はないだろう」
 御璽押印済の書簡を書卓に積み上げ、延王尚隆はにやりと笑った。宰輔と側近が苦笑気味に頷くと、国主は意気揚々と玄英宮を旅立っていった。

「あのように浮かれたご様子で……。主上はいったいどちらへお出かけなのでしょうか?」
「さあな。遠くの街に、馴染みの花娘おんなでもできたんじゃねえの」
 疑わしげに首を捻る側近に、六太は肩を竦めて投げやりな応えを返す。まさか、己の主が隣国の麗しき女王にぞっこん夢中だとは、さすがの六太にも言えない秘密であった。
(別に、あんな莫迦のことはどうでもいいんだけどな)
 六太は頭の後ろで手を組み、小さく溜息をついた。すると、胸で鮮やかに笑む女王の貌が、たちまち憂いに翳る。秘密の恋を知られてしまったら、陽子はさぞや悲しむだろう。
「ま、確かにさ、仕事は終わらせたんだから、文句は言えねえよな」
「台輔……もしや」
「おれにも文句は言わせねえぞ!」
 側近の顔が険しくなる前に、六太はその場を走り去る。己の仕事はとっくに終わっている延麒六太は、無論逃げ出す算段を既に固めていたのだった。

2008.08.09.
 長編「黄昏」のすぐ後くらいを想定して書きました。 はい、よくある騒動でございましょう(笑)。お粗末でございました。

2008.08.09. 速世未生 記
(御題其の九十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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