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御題其の九十九
晩秋の北国にて
ふわふわと綿毛が漂っていた。昼でも空気が冷たい北国の晩秋の頃。何の種だろう。陽子はそっと綿毛に手を伸ばす。
が──。
「わ、動いた!」
綿毛は機敏に陽子の手を逃れる。その様を見て、少し離れたところにいた伴侶が笑い含みに声をかけてきた。
「当たり前だろう、それは虫だからな」
「虫?」
陽子は目を凝らす。確かにそれは、小さな虫だった。身体にふわふわの綿毛をつけて飛ぶ、小さな小さな白い虫。
「──ほんとだ」
「雪虫を初めて見た者は、普通、雪が降ってきた、と大騒ぎするものだが」
伴侶はそう言って人の悪い笑みを見せる。次の科白を予想した陽子は、ぷっと頬を膨らませた。
「──どうせまた、面白い女だって笑うんだろう」
「よく分かっているな。お前といると、俺は退屈する暇がない」
伴侶は楽しげに笑う。ぷいと横を向くと、雪虫も楽しげに踊っていた。綿毛のように、雪のように、風に漂い、ふわふわと舞う白い妖精に、陽子は笑みをほころばす。
「私も、いくらあなたにからかわれても、怒っている暇がないよ」
北国は驚きに満ちているから、と続けると、伴侶は優しく微笑んで、そっと陽子を抱き寄せた。
2008.10.22.
目の前から色が失せているので、今見えているものを綴ってみよう、と書き流した リハビリ小品でございます。
書けるものを書いてしまったら、少し楽になりました。 雁に雪虫がいるかどうかは謎でございますが、同じ北の国ということで、お目溢しくださいませ。
2008.10.22. 速世未生 記
(御題其の九十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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