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御題其の百

(末声注意!)

黙する風が齎す報せ

 いつもの如くふらりと現れた賓客は、窓の外を見たまま、黙して動かない。供王珠晶は湯気の立つ茶杯を手ずから差し出し、小さく溜息をく。その茶杯を受け取った客人は、視線を外に向けたまま、珠晶に問いかけた。
「ねえ、珠晶。王はどうして斃れるのだと思う?」
「王は自ら斃れるものよ。他に理由がある?」
 珠晶はつけつけと即答した。利広はゆっくりと首を巡らし、珠晶をじっと見つめる。そして、ふわりと笑みを浮かべた。
「そうだよね」
 静かに応えを返し、利広は茶を啜る。らしくない淡い笑みを見つめ、珠晶はまたひとつ溜息をついた。
「言いたいことは、はっきり言ったほうがいいんじゃないの?」
 何を訊かれても即答する気を漲らせ、珠晶は利広を促した。利広はふと唇を緩める。それでも、軽口を叩くことは忘れなかった。
「──変わらないね、珠晶」
「人はそう変わるものじゃない、っていうのは利広の口癖でしょ」
 眉根を寄せて言い返す珠晶に、利広は大笑いする。珠晶は少し唇を歪め、しばし利広を見つめる。それから、おもむろに訊ねた。
「それとも……変わってしまったひとがいるの?」

「いや……哀しいほど、変わっていなかった」

 そう言うと、利広は立ち上がった。物問いたげに見つめる珠晶に、利広はいつものように朗らかな笑みを向ける。
「邪魔したね、珠晶」
「利広……」
「──でも、君は、いつも自分のすべきことを弁えているから」
 助かるよ、と笑みを残し、利広は去っていく。珠晶は何も言えずにその背を見送った。

 その後しばらくして、落ちることがないと謳われていた大国の白雉が落ちた。供王珠晶は、深い深い溜息をつき、空を仰ぐ。驚きよりも、哀しみが胸を埋め尽くしていた。
 心配そうに執務室を訪れた供麒を叱りつけ、珠晶は采配を揮う。風来坊の太子が口に出せなかったほどの大凶事に立ち向かうために。

 ──そして、いつか訪れる己の運命に立ち向かうために。

2008.10.27.
 短編「伝言」の後、恭を訪ねた利広のお話をお届けいたしました。
 記念すべき百本目の御題が、何故に末声なのでしょう……?  そういえば、百本目の拍手も末声だったような気がいたします(溜息)。
 中編「真意」第7回から短編「伝言」を連想した、とのご感想をいただきました。 実は、私も、「真意」第7回を書きながらこの小品を書いておりました。 「真意」第7回で利広の受けた胸の痛みは、もしかして「伝言」にて受けたものと同種なのかも しれません……。この小品を書き上げて、そんなふうに思いました。

2008.10.27.  速世未生 記
(御題其の百)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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