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御題其の百十

冢宰のお手並み

 朝議は紛糾していた。意見が二つに分かれ、どちらも譲らない。冢宰浩瀚は壇上の主を見やる。いつも端然と座す景王陽子は、玉座の肘掛に頬杖をつき、あらぬ方を眺めていた。
 喧騒の中、主の周りにだけ、静寂が立ちこめていた。それは、埒もない争いを、主が拒んでいるからだ、と浩瀚には思えた。
 そろそろ仲裁に入ろうか、と浩瀚が動く前に、主はすっと立ち上がった。そのまま玉座を降りる国主に、官吏たちは驚愕した。
「主上、お待ちくださいませ!」
「まだ、奏上は終わっておりません!」

「お前たちは、いったい、何を奏上したいのだ? ──私に諍いを聞かせたいだけか?」

 口々に声を上げる諸官に、国主景王は低い声で問いかける。頭を垂れた諸官は誰も答えなかった。

「何のための話し合いなのだ? 己の言い分を通すためのものか? そうではないだろう」

 女王の口調は率直であったが詰問ではなかった。寧ろ、柔らかな、諭すような物言いであった。項垂れていた諸官が頭を上げる。目に入るものは、国主景王の勁い眼差しと慈愛に満ちた笑み。

「国や民にとって、最善とは何か。私も、お前たちも、忘れてはならないことじゃないか?」

 ひと呼吸置いて女王は言葉を続け、諸官は再び頭を垂れる。それはもう国主の勘気に恐れをなしたからではない。浩瀚は微笑を浮かべ、主に問いかけた。
「頭を冷やす時間をいただけますか?」
「うん。皆、しばし休憩を取り、鋭気を養え」
 浩瀚の言葉に頷き、女王はそう言って退出する。浩瀚は恭しく拱手し、その細い背を見送った。

「民は王の子である、との太師の教えを、主上は実践されている。私たちもそれを忘れてはならない」
 冢宰浩瀚は重々しくそう述べた。諸官は神妙に首肯する。それを確認し、浩瀚は笑みを浮かべて続けた。

「が、王の子である民には、我ら官吏も含まれている」

 息を詰めていた官吏たちは、感嘆の溜息をつく。そして、一斉に拱手した。浩瀚は軽く頷き、己も退出した。

「──いいことを言うな」
 回廊に出た途端、闊達な声がした。浩瀚は呆れて声の主を見つめた。
「──立ち聞きですか? 人が悪いことをなさる」
「冢宰のお手並みを拝見したかっただけだよ」
 そう言って国主景王は楽しげに笑う。浩瀚は恭しく頭を下げ、厳かに返した。
「未熟な子供たちをお見守りくださり、忝く存じます」
「私も大きな子を持ったものだ」
 主は大きく笑い、鮮やかな笑みを見せた。

2009.01.25.
 拍手其の二百五十「喧騒と静寂」を加筆修正してまいりました。 というか、これ、最初から御題で出すつもりだったのですが、 一気書きできなかった代物でございます(溜息)。
 11月に出席した会議にて憂鬱になり、途中まで書いて挫折いたしました。 先日、旅行中にあった会議にて、欠席裁判に遭い、なんだかえらい役職を押し付けられ、 しばし呆然……。旅行の楽しさが吹っ飛んでしまいました。
 トップではなかったことが不幸中の幸いでございます。 やれというのならやってご覧に入れましょう(開き直り)。 というわけで、会議後の癒し系、冢宰閣下にご登場願いました。 今年は出番が増えるかもしれませんね、浩瀚。頼りにしてますよ。

2009.01.25.  速世未生 記
(御題其の百十)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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