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御題其の百十二

仙籍削除

 鷹隼の一瓊と呼ばれる娘。

 しかし、その美しい笑みが恵州侯月渓の胸を打つことはなかった。真っ白な、ただ美しいだけの、人形のような笑み。そしてそれこそが、清廉潔白な国主を癒す、汚れなき笑みなのだ、と月渓はよく知っていた。

「──殺してちょうだい! 私も!」

 目の前で母を殺された公主の悲痛な声が響く。が、誰もそれに動かされる者はない。公主の父は、峯王仲韃は、同じことを民に強いてきたのだから。

 月渓は、自らが仙籍を削除した元公主を、敢えて振り返らなかった。十三歳で時を止めていた少女。王と王后に溺愛され、何も知らずにいた娘。もう、そのままではいられない。

 あなたは知らなければならない。何も知らずにいたという罪を。そして、その罪を、購わなければならない。だから、あなたの命を奪ったりはしない。

 孤児となった者は里家に預けられるのが世の道理。民草がどのように生きているのかを知ってほしい。その上で、一人の国民として、生きてほしい。
 月渓は背に強い憎しみの視線を感じた。それこそが、民が王に向けたもの。宰輔を失道の病に追いやったもの。民に憎まれる王が永らえることはないのだ。いつか、気づいてほしい。そして──。

 いつか、全てを知り、血の通った笑みを見せてほしい。

 公主の罵声を背に浴びながら、月渓は血塗られた房室を後にする。そんな笑みを、簒奪者である己が見ることはないだろう。そう自嘲し、月渓は唇を歪めた。

2009.02.25.
 アニメ「十二」で「風の万里〜」を見たせいか、頭の中が「黎明」モードでございます。 とりあえず仕上がったものを出してみました。
 ──アニメの月渓、全然精悍じゃなくてがっかり。 絵師さまが描かれた月渓を思い浮かべながら書きました。

2009.02.25.  速世未生 記
(御題其の百十二)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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