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御題其の百十七

約束を果たすとき

「──蘭桂」
「ただいま、陽子。──今は、昔の名前で呼んでほしいな」
 そう言って笑う顔は昔のまま。陽子は嬉しくなって、すっかり背が高くなった青年を小字で呼んだ。
「おかえり、桂桂」
 昔のようにぎゅっと抱きしめると、桂桂は照れたように笑む。それから、あの花はどうなったの、と小さな声で問うた。陽子はにっこりと笑って思い出の場所へと桂桂を誘った。

 かつて、桜が散って気落ちしていた陽子を気遣って、桜に似た小さな花の鉢植えを贈ってくれた桂桂。その優しさは、陽子を温かく包んだ。桂桂が金波宮を離れる時に、陽子はその花を己の気に入りの場所に植え替えて、いつか二人で見ることを約束したのだ。
 鉢から放たれた花は、自在に根を葉を伸ばし、びっくりするほど増えていった。桂桂はどんな貌をするだろう。陽子は弟の喜ぶ様を想像する姉のように、ずっとその時を待ち続けていたのだ。折しも今は花が盛りを迎える時期だった。

「──うわぁ!」
「凄いだろう?」
 感嘆の声を上げて立ち尽くす桂桂に、陽子は満面の笑みを向けた。桂桂はただただ頷いて、桜よりも濃い桃色の花が、散った桜が作る絨毯のように、一面に咲き誇っている様を眺めていた。しばらくして。
「──なんだか、お衾褥みたいだね」
 そう言いざまに寝転がる桂桂。無邪気に遊んだ昔に戻ったよう。そう思い、陽子も真似して寝転んでみる。そっと横を見ると、桂桂は少しひきつった笑みを浮かべていた。
「面白い顔をしている」
「陽子もだよ」
 指摘されて陽子は苦笑した。二人で顔を見合せて起き上がる。
「芝桜の上で寝転がるものじゃないね」
 桂桂は大きく溜息をつき、鋭い葉で闖入者に報復した芝桜をそっと撫で、ごめんね、と呟く。桂桂の優しさは変わらない。陽子は己も一緒に謝り、苦笑して言った。
「鈴や祥瓊に言ったら、子供じゃないんだからって笑われるよね」
「二人だけの秘密が増えたね」
 桂桂はそう言って、昔と同じ笑みを見せた。

2009.06.11.
 祭が終わってずいぶん経つ今頃、連鎖妄想をしてごめんなさい〜。 絶賛祭ログ推敲確認中なもので……(苦笑)。
 芝桜は見た目可憐ですが、葉が細く肉厚で触れると結構痛いです。 私も某所で見事な芝桜を眺めましたが、寝転がったことはございません。 きっとかなり背中がちくちく痛むと思います。
 ちょっと集中力が途切れてきたので書き流してみました。 もうすっかり芝桜も散ってしまったのですが。 もう少し早く出したかったのですが、書けなかったのです。 書けるときは一気なのになぁ……。
 Kさま、今頃ごめんなさい〜。

2009.06.11. 速世未生 記
(御題其の百十七)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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