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御題其の百十九

ある官吏の驚愕

 国主延王がお忍びの恰好をして回廊を歩いていく。いつもなら溜息をついて見送るその姿に釘付けになったのは、主が一人ではなかったからだった。

 主は上品な襦裙がよく似合う美しい乙女を伴っていた。その落ち着いた物腰は主に引けを取らず、女官には見えない。緋色の髪を結い上げ、瀟洒な歩揺を挿したその乙女に見とれて立ち止まる。それに気づいた主がにやりと笑った。
 慌てて拱手し、頭を下げる。そして、王宮内で国主の隣に立てる人物について頭を巡らせた。そういえば、赤髪は珍しい。紅の髪を持つ人物といえば──。
「あっ!」
 思わず叫んだ彼を、振り返った乙女がじっと見つめる。鮮やかな緋色の髪と、印象的な翠玉の瞳。それは、隣国の女王であった。

 嘘だろ──。

 胸の中で呆然と呟く。慶東国国主景王は、鮮烈な美貌を持つ男装の麗人であった。女性らしく着飾ればどれほど美しいだろうと噂されてもいた。しかし。
「し、失礼いたしました」
 視線が合っただけで、頭がくらくらした。美しくも勁い瞳に射抜かれてしまったような気がする。そのまま膝を折り、平伏した。そして──。

 こんな女性を伴侶にしてしまう我が主は、実は尊敬に値する人物なのかもしれない。

 人の悪い顔をして通り過ぎる国主延王を盗み見て、不覚にもそんなことを思ってしまったのだった。

2009.07.21.
 中編「宝珠」@連作「慶賀」にて、禁門へ向かう尚隆と陽子を目撃した 気の毒な官吏のお話でございます。 なんとなく、襦裙を着た陽子主上を見た一般男性を書きたくなって、ついつい書き流しました。 ちゃんと落ちていないような気もいたしますが……ご勘弁くださいませ〜。

2009.07.21. 速世未生 記
(御題其の百十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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