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御題其の百三十四

霄山しょうざんにて

 ゆったりと、淡々と語っていた伴侶が、言葉を切った。秋風が松枝を揺らしている。その音が大きく聞こえるほど、辺りは静まっていた。
 登極後、二十年も戦がなかった。いや、なかったのではない。戦をさせなかったのだ。稀代の名君は、初めから名君だった。

 何も知らず、何も分からぬまま内乱を引き起こした己とは大違いだ。

 景王陽子は俯いて己の手を見つめる。今も昔も変わらない、小さな手。その手に温かな大きな手が重ねられた。何も言わずにそんな問いかけをするひと──。

「二十年も内乱なしに過ごしたんだ……」
 伴侶の顔を見ることはできなかった。が、伴侶は陽子の肩を軽く叩き、低く笑った。
「雁には何もなかったと言ったろう。戦をする金も、暇も、人すらもなかったのだぞ」
「でも、凄いことだと思う。六太くんは、幸せな麒麟かも」
 時代も状況も全く違う。比較など意味がないことも知っている。けれど、ずっと血の臭いで景麒を苦しめた陽子が持つ素直な感想だった。

「──陽子」
 限りなく優しい声で名を呼ばれ、陽子は躊躇いがちに顔を上げる。伴侶は穏やかに微笑していた。

「お前のような主を得た景麒は、十二分に幸せだと思うぞ」
尚隆なおたか……」
「そして、そんなお前を得た俺も」

 そんなことはない、と首を振る。が、陽子の開きかけた唇は、にやりと笑んだ伴侶に封じられてしまったのだった。

2009.12.23.
 長編「滄海」第8回第8章の陽子視点をお送りいたしました。 朝書いていたのですが、アクシデント発生に慌てた挙句、全消去。 意気消沈してこんな時間に……。
 年賀状作成を終わらせた高揚感で更新しております。お粗末でございました。

2009.12.23. 速世未生 記
(御題其の百三十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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