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御題其の百四十四

窓辺に来た夏

「──あれ、尚隆は?」
 今日は陽子が来る日だから、いないはずはないのに。六太は空っぽの執務室を覗いて首を捻る。問われた下官は書簡を抱えたまま首を竦めた。
「どうやら後宮に向かわれたようですよ」
「後宮?」
 なんで、とまた首を捻る六太に、下官は深い溜息で応えた。六太は苦笑する。尚隆に理由なぞ訊ねても無駄だ、ということを思い出したのだ。
 六太はゆっくりと後宮に向かった。延王尚隆の伴侶と公に認められた景王陽子の宿舎は、王后の住まいとされる後宮内の北宮である。長い間使われていなかったその宮は、驚くほど速やかに清められ、国主の伴侶の宮殿に相応しい壮麗さを取り戻していた。けれど。
 華美を厭う隣国の武断の女王は、多少落ち着かない素振りを見せる。金波宮の私室も呆れるほど簡素だから、余計にそう思うのかもしれない。
 陽子も気の毒に、と思うが、六太は鼻息荒く国の威厳を論ずる官吏たちに逆らうこともできずにいた。何と言っても国主延王が放置していることに茶々を入れても無駄なだけなのだ。

 そんな瀟洒な北宮に近づくと、何やら涼しげな音がした。開け放たれた扉からそっと覗いてみると、窓辺に玻璃の風鈴が揺れている。尚隆はそれを眺めていた。
「可愛いじゃねえか」
 歓声を上げつつ窓辺に歩み寄る。尚隆に返事をする気はないようだ。が、そんなことで遠慮するような六太ではない。傍まで行って丸い風鈴をじっくりと眺めた。
 小さな玻璃の風鈴には赤と黒の二匹の金魚が描かれている。赤い金魚の目は、翠色。六太は思わず笑い声を零した。こんな可愛げは、きっと陽子にしか見せないのだろう。六太は笑いながら陽子の堂室を出た。

 久方ぶりに見た主の可愛げに免じて、今回だけはお邪魔虫になるのは止めよう。

 そう思い、六太はまた笑みをほころばせた。

2010.09.11.
 「夏風」を書き上げて、あれ六太はどうした? と思いました。 いつも、尚隆を出し抜いて陽子を迎えに出るはずなのに、今回はちっとも姿を見せなかったので。
 そんなわけで、六太にスポットを当ててみると、楽しげに語ってくださいましたので アップしてみました。よろしければお楽しみくださいませ。 
 裏で書いている御題に詰まってるのかな〜と思った方、大正解でございます。あはは(乾笑)。

2010.09.11. 速世未生 記
(御題其の百四十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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