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御題其の百四十八

六太の戯言

「──帰ってきませんね」
「そりゃそうだろう」
 軽く答えると、暗くなった窓の外を眺めていた側近が物凄い目で睨みつけてきた。六太は鼻をふんと鳴らして筆を置いた。
「飢えた妖魔に餌を与えるようなもんだろ、陽子一人で迎えにやるなんて」

 今日、隣国の女王が訪れることになっていた。城を抜け出していた延麒六太は予定通り帰城した。が、それを待っていたかのように、今度は国主が出奔したのだ。勿論、麒麟である六太には王気が分かるから、尚隆がどこにいるかなどお見通しだ。
 六太は溜まっていた書簡を片づけながら賓客の訪れを待っていた。そうして、麗しき女王が宮の主の不在に柳眉を顰める様を見て、一緒に迎えに行く、と主張した。それを、側近が妨げたのだ。結局、陽子は一人で尚隆を迎えに行った。

 六太は腕を組んで原因を作った側近を睨めつける。側近は盛大な溜息をついた。分かっちゃないな、と六太は肩を聳やかす。
「あの莫迦はなあ、陽子に構ってもらいたいんだ。気が済むまで引っ張り回すだろうよ」
 行先は最近馴染みの妓楼だ。今頃尚隆は陽子をも巻き込んでどんちゃん騒ぎを繰り広げているだろう。
「あー。おれがついていけばなー。とっくに帰ってきただろうに」
「四の五の言わずにお仕事をお片付けください」
 恨みがましく続けると、側近はにっこりと笑う。見るからに不穏な笑みだ。六太は眉根を寄せて先を促した。

「でないと主上にいいとこどりされますよ」

 柔和な笑みを向ける側近が夜叉のように見える。六太は舌打ちをして再び筆を持ち上げたのだった。

2010.11.05.
 某所さまのお祭をこっそりと拝見し続け、なんだか甘いものを書きたくなりました。 それなのに、いざワードを開いてみると、こんなお話になってしまいました。あれ?
 おかしいな。 花娘姿の陽子主上に無体な要求をするおっさん尚隆を書く気でいたはずなのに……。 う〜ん、六太の鬱憤が尚隆の我儘を上回ったということで。お粗末でございました。

2010.11.05. 速世未生 記
(御題其の百四十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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