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御題其の百四十九

(18歳未満お断り)

冬来たりなば

 小さな音がして、窓がそっと開けられた。常にない出来事に、陽子は咄嗟に立ち上がる。そして、水禺刀に手をかけて窓を見据えた。露台に続く大きな窓から、晩秋の冷気とともに滑りこむ人影は薄く笑み、大股で陽子に近づく。

「──尚隆なおたか

 陽子はほっと安堵の息をつく。雲海の上から突然現れた伴侶は、何も言わずに陽子をきつく抱きしめた。褞袍は少し湿り気を帯び、陽子の頬を冷たくする。まるで一足先に訪れた北国の冬を伝えているかのようだった。

尚隆なおたか?」

 応えはない。厚い胸に引き寄せられて、顔を見ることすらできなかった。ただ、抱きしめる腕の力が増していくだけ。

 ──このひとの心にも、冬が来たのだろうか。

 それならば、せめて身体だけでも温めてあげたい。陽子は一言も発しない伴侶の背に腕を回して抱き返した。

「──お前は、温かいな」

 やがて、吐息のような囁きが、微かに聞こえた。陽子は伴侶の冷たい頬に手を伸ばす。やっと顔を見ることができた。陽子は微笑を浮かべ、昏い深淵を隠す伴侶の瞳を覗きこんだ。

「あなたは、冷たいね」

 口許を緩めた伴侶が、そっと口づけを落とす。啄むように、優しく、柔らかく。それは、感謝の言葉の代わりに思えて陽子は笑みを返す。

「温かいお茶でも淹れようか?」
「──温かいお前のほうがよい」

 そう言って、今度は甘く唇を塞ぐ。長い口づけの後、人の悪い笑みを見せる伴侶に、陽子は何も返せずに頬を染めた。

2007.11.21.
 小品「灯火」@夜話(本館)連作「残月」の陽子視点で、 初出はオマケ拍手百七十二でございました。当時の後書きでございます。

 「残月」後、初めて雲海の上から訪れた尚隆、というところでしょうか。 何も訊かずに受け止める陽子主上は私の「萌え」ツボでございます。
 ああ、外は氷点下。耳も鼻も冷たかったです。私もあっためてほしいな〜。(2007.11.21.)

 「灯火」を出したので改稿して常駐させようと思ったのですが、 読み返すとどこを改稿してよいか解らなくなりました。 3年も前の作品なのに……。諦めて元のまま出します。 年を取ると成長がなくていけないですね〜。

2010.11.07. 速世未生 記
(御題其の百四十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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