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御題其の百五十二

takayosi-HAHAさま「21万打記念リクエスト」

雁国主従の平和な一日

 書卓に向かう延王尚隆が、突如くつくつと笑い出す。小卓に坐って監視していた延麒六太は、思わずその場を飛び退って叫んだ。
「なんだよ、いきなり。気持ち悪い」

 さんざん遊び歩いた国主を待っていたものは、いつもの如く堆く積まれた案件の山。怒った側近連中に雪隠詰めにされて、とうとうおかしくなったのか。たまたまその場に居合わせたばかりに監視をさせられている六太が、おかしい奴と一緒にいたくはない、と思っても無理はなかろう。が、尚隆は片手をひらひらと振り、軽く応えを返すだけだった。

「気にするな。ただの思い出し笑いだ」
「──ふーん」
 六太は小卓に坐り直す。が、気にするな、と言われても、大きな肩が小刻みに揺れる様は実に怪しげで、どうにも気になってならない。六太はいつまでも止まらない尚隆の笑いに痺れを切らした。

「いつまで笑ってんだ。いい加減にしろ」
「真面目に書卓に向かうとだな、生真面目な奴を思い出すのだ」
「陽子だな」

 尚隆は楽しげに話し出す。誰の話かは、すぐに分かった。こいつ、また隣国まで行っていたのか。六太は半分呆れながら尚隆を促した。

「仕事をしている陽子を見ていたら、目が合ってだな。そのまま固まってしまったのだ。面白いので、ずっと眺めていたら──」

 尚隆はまたも肩を揺らす。六太は大きく溜息をついた。その先のことなど容易に想像がつく。六太は麗しき紅の女王を思い浮かべながら口を挟んだ。

「──顔が、髪とおんなじ色になっちまったんだろ」

 よく分かったな、と言って尚隆は呵々大笑する。六太はだんだんばからしい気分になってきた。大仰に肩を竦め、横目で尚隆を見上げる。

「あのな、それって、惚気って言わねえ?」

 尚隆は笑いを収めて黙りこんだ。不意を衝かれたせいか、何とも言えない間抜け面を見せる。主の珍しい貌は六太を大いに楽しませた。にやりと笑って言い放つ。
「その顔、陽子に見せてやりたかったな」
「──調子に乗るな」
 そんな言葉が拳骨とともに六太の頭に降ってくる。無論、六太が素直に受けるはずもなく、国主の執務室にて雁国主従の大運動会が始まったのだった。

 雁は、今日も平和である。

2010.12.24.
 takayosi-HAHAさまによる「21万打記念リクエスト」、 御題其の百五十二「雁国主従の平和な一日」をお送りいたしました。
 御題は"尚隆が誰か(誰でもいい)と何気なく話しをしていたが、 相手から「それは惚気ですか?」と突っ込まれ、黙り込む話"でございました。
 御題をいただいてすぐに冒頭を書き始めました。 頭に浮かんだものは、拍手其の二百四十六「昼下がりの執務室」の陽子主上。 まだ初期の頃の可愛らしさが表せていればよいのですが。 お気に召していただけると嬉しく思います。 リクエスト、ありがとうございました!

2010.12.24. 速世未生 記
(御題其の百五十二)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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