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御題其の百五十四

女王に捧げる誓い

 国主の執務室を訪ねると、主は先刻と寸分変わらぬ恰好で筆を動かしていた。時の経過にも気づいていないような一心不乱さを見せる主に、冢宰浩瀚は思わず声をかけた。
「あまり根を詰め過ぎるのはよろしくないのでは?」
「大丈夫。こう見えてもあちらでは勉強ばかりしていたんだから」
 成績もよい方だったんだよ。手を止めた主はそう言って鮮やかに笑う。主はあちらでは勤勉な学生であった。浩瀚は太師がそう言っていたことを思い出す。。主は感慨深げに続けた。

「──あの頃は、目的もなく勉強していたように思う。宿題をやっていかないと先生に叱られるから、とか、そんな理由で」

 でも今は違う、と主ははっとするほど勁い目を見せる。浩瀚はそのまま主の言葉に耳を傾けた。

「善い国を作りたい。そのためには学ばなければならないことが山積みだ」

 話言葉だけじゃなくて字も読めるようにしてくれたらよかったのに、と続け、主は少し唇を尖らせる。その年相応の愛らしさに、浩瀚は微笑した。しかし、主は可愛いだけの少女ではない。太師が感服するほどの高い教育を受けてきた胎果の王だ。王の自覚を有した主は、水が染みこむように知識を習得していく。

 まだ弱々しい暁の太陽は、いつか必ず遍く慶を照らす光となるだろう。そしてそれは遠い未来のことではないはず。

 その時まで、己はこの若き女王の傍を離れず守り続けよう。

 再び筆を動かして真剣な貌を見せる主に、浩瀚は深く頭を下げた。

2011.01.27.
 久しぶりにワードを開けてみたら、書きかけの小品が目に入ったので仕上げてみました。 初期の頃の浩瀚と陽子主上でございます。
 陽子主上は胎果故に兎角無能扱いされておりましたが、私たちが普段受けている教育は あちらの基準ではかなり高いものと思われます。 もっと尊重されてもよいのでは、と常々思うわけでございます。 浩瀚ならきっと解ってくれますよね、との願いを籠めてみました(笑)。

2011.01.27. 速世未生 記
(御題其の百五十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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