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御題其の百五十五

家苞いえづとの波紋

 延王尚隆はいつものように気儘に金波宮を闊歩する。目指す国主の執務室から見慣れた男が出てきた。冢宰浩瀚は尚隆を認めると、慇懃に拱手する。いつもより棘が少ないその様に、尚隆は興を覚えた。

 さて、何が違うのか。

 ざっと観察すると、浩瀚の手に握られた鮮やかに黄葉した一枝が目に入る。頭を下げる浩瀚に軽く頷きかけ、尚隆は景王の執務室に入った。

「戻ったばかりか。よい時に来た、と言うべきかな」
 書卓に向かう宮の主に声をかける。筆を動かす手を止めた景王陽子は、眉根を寄せて闖入者を睨めつけた。
「開口一番にそれですか?」
「だが、そうなのだろう?」
 尚隆は飄々とそう返す。陽子は筆を置いて苦笑を零した。細い指を組んで頬杖をついて頤を乗せ、陽子は重ねて問うてくる。
「──どうしてそんなことが分かるのです?」
「浩瀚が黄葉を持っていたからな。お前の土産だろう?」
 種明かしをすると、陽子は悪戯を見つけられた子供のような顔をして、深々と溜息をついた。
「──無駄に慧眼ですね」
「無駄は余計だ」
「──浩瀚は、出奔を見逃してくれたんですよ」
 だからあれはお礼、と言って陽子は鮮やかに笑う。常より穏やかだった怜悧な冢宰を思い出し、尚隆は苦笑した。

 なるほど、家苞か。確かにそれは尚隆が決して手に入れられぬものだ。

 尚隆は大股で書卓に近づいた。何気なしに女王を引き寄せる。僅かに目を見張る陽子が口を開く前にその朱唇を封じた。身体を硬直させる伴侶に構わず瑞々しい唇を存分に味わう。
「ななな何するんです!」
 景王陽子は怒りと羞じらいで頬を朱に染める。女王の恋を忌む慶の国。その立場を慮り、執務室で陽子を伴侶として扱うことはしなかった。しかし今は。

「──俺とてたまには嫉妬もする」
「わけ分かりませんから!」

 真意を告げても通じることはない。だからこそ言える本音もある。純真で鈍感な伴侶に、尚隆は遠慮のない哄笑を浴びせたのだった。

2011.02.04.
 短編「出奔」及び小品「家苞」@夢幻夜語「浩瀚小品」の続編小品をお送りいたしました。 21万1打をご報告くださったみるくうさぎさまのリクエストでございます。
 御題は「(「出奔」「家苞」後の)本当の想いとは少し違う形だけど、 想いが報われて幸せな浩瀚を見た、尚隆の感想」でございました。
 それ私も知りたい、と思って書き始めたのですが、かの方の口が重い重い……。 いやはや重いわけですよね(爆)。 (一応解説を。家苞とは「家に持ち帰る土産」のことでございます)
 いやぁ、リクいただくと、いつもと違ったものが飛び出してきますね〜。 面白いものを引き出していただけて嬉しいです!
 お気に召していただけると幸いでございます。 リクエスト、ありがとうございました!

2011.02.04. 速世未生 記
(御題其の百五十五)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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