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御題其の百五十六
道行き
真新しい建物を見上げていた。鮮やかな緑の柱。それは妓楼の印。足を止めた延王尚隆に、伴侶が訝しげに問うた。
「どうかした?」
「国が栄えても、こういうものがなくなることはないのだ、と思ってな」
「それを必要とする人がいるからでしょう?」
伴侶はそう言って屈託なく笑う。その言葉には、揶揄も皮肉も含まれてはいない。尚隆は伴侶に目をやり、片眉を上げて問うた。
「お前はそれを容認するのか?」
「そこにあるものを拒絶するわけにはいかないよ」
景王陽子はそう返し、慈愛に満ちた笑みを見せる。求める者がいて、与える者がいる。ただ、それだけのことなのだ、と。
尚隆は己の伴侶である隣国の女王を凝視した。陽子が妓楼にて遊行に耽る尚隆を見て逃げ出したのは、この間のことのような気がする。しかし、あれからかなりの時が経っていることを、今更ながら実感した。尚隆は伴侶に問わずにはいられなかった。
「──お前は、それでよいのか?」
「私だって、それが生きるために必要なことならば、きっとそうするだろう」
伴侶は女王の顔をしてきっぱりと言い切った。荒れ始めた巧国に流れ着き、妓楼に売られそうになったこともある胎果の女王の言葉には重みがあった。そしてその顔には、今はもう、顔すら朧げにしか浮かんでこない、古の花娘の笑みが重なって見えた。
「──それにね、豊かだった蓬莱にも、似たようなところはあった……」
女王は声を落とす。名前は変わっても、なくなることはない。そしてそれは、あちらもこちらも変わらないのだ、と。尚隆は黙して女王の話に耳を傾けた。
「不思議だね。子供が木に生る世界でも、やっぱり妓楼があるなんて」
胎果の女王は尚隆と同じことを思っていたのか。そう思うと笑みが浮かぶ。
「求める者がいて、与える者がいるのだろう?」
俺とお前のようだな、と耳朶に囁くと、隣国の女王は小娘のように頬を染めて俯いたのだった。
2011.02.15.
拍手其の二百四十一「もうひとつの讃歌」を改稿して持ってまいりました。 「もうひとつの讃歌」は小品「讃歌」@「夜話」(本館)長編「滄海」余話の 別バージョンでしたが、今回はそれよりも前のお話でございます。
某所さまの尚陽素敵絵を拝見してむずむずしてしまったのですが、 すぐ出せるものがなくて(どれも中途半端……泣) 古いものを引っ張り出してしまいました。失礼いたしました〜。
2011.02.15. 速世未生 記
(御題其の百五十六)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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