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御題其の百五十八

サクラサク

 暖かな陽射しに風花が輝いていた。陽光が春めく三月になっても、北国ではまだ雪が降る。しかし、ふわりふわりと舞う大きなな雪片は、風に散らされる桜のよう。陽子は窓辺から桜雪を眺めて唇を緩めた。不意に懐かしい言葉が口をつく。
「サクラサク……」
「なんだ、それは。桜が咲くのはまだ先の話だろう」
 後ろから訝しげな声を掛けられて、陽子はくすりと笑う。そして、美しい風花から目を逸らすことなく、伴侶に応えを返した。
「合格、という意味だよ」
「合格?」
「うん。高校とか大学を受験して、受かったら『サクラサク』」
 高校を受験した時、どうか桜が咲きますように、と祈ったような気がする。合格発表の時期は確か三月。合格を意味する言葉にされるくらい、桜は春を象徴する花であった。
「ほう。それで、受からなかったときは何というのだ?」
「確か……『サクラチル』」

「──桜は、咲いてから散るものではないか?」

 更に訝しげになる声を聞いて、陽子は虚を衝かれた。思わず振り返り、まじまじと伴侶を見つめる。
「確かにそうだね。考えたことなかったけど」

「やっとこちらを向いたな」

 そうして陽子はにやりと笑む伴侶の腕に抱き寄せられたのだった。

2011.03.15.
 繰り返し報じられる震災の被害。今の私にできることなんて何もない。 何もないと思う私自身を慰めるために小品を書いてみました。 温かなものをお裾分けできればよいのですが。
 この小品を書くにあたって検索してみました。 「サクラサク」とは大学の合格電報に使われていた言葉だったのですね〜。 各大学で微妙に文言が違っていたということを知って興味深かったです。

 (この作品には沢山の気持玉をいただきました。 ありがとうございました! 2011.07.05.追記)

2011.03.15. 速世未生 記
(御題其の百五十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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