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御題其の百六十一
景王への文
金波宮には初夏の風が吹き抜けていた。庭院の木々は緑が茂り、様々な花が彩りを添えている。そんな中、執務中の国主に届け物があったのだった。
下官から恭しく捧げられたそれを見て、景王陽子は首を傾げる。盆の上に乗せらているのは、葉を茂らせた細い枝だ。
「──これは何だ?」
「文のようでございます」
「文?」
是、と答え、下官は深く頭を下げた。陽子は枝を取り上げて、結ばれた紙に気づく。これか、と思い、文を開いていく。確かに少し広げると「景王へお届けください」との文言が見えた。美しい料紙に雅な手蹟。なるほど、と陽子は頷く。
「確かに私宛のようだな」
「はい、堯天のある枝垂れ桜に結ばれていたものだそうでございます」
「ご苦労だった」
労いの言葉をかけると下官は再び恭しく頭を下げて退っていった。扉が閉まるのを確かめて、陽子は文に目を落とす。見慣れぬ文字であった。けれど、何故か悪意は感じない。それは、料紙が綺麗だからなのか、それとも桜の枝に結ばれたものだからなのか、陽子には判別がつけられなかった。
ゆっくりと文を開いていく。認められていた言葉は、ただ一言。陽子は目を見張る。
(またいつか会おう、陽子)
それだけが書かれた美しい料紙を、陽子は笑みを湛えて見つめる。かつてそう言って去っていったひとが鮮やかに蘇った。
あの時分からなかった素性を、今の陽子は知っている。気儘に各国を渡り歩き、その情報を祖国に齎す風来坊の太
子──。
此度の訪問で、利広はこの慶に何を見たのだろう。
訊ねてみたい、と思った。同時に、訊ねるまでもない、とも思う。きっと、桜の枝に添えられた一言が全てを語っているのだろう。
「──いつか会える時まで、慶を守り続けるよ」
よく茂った葉の陰に小さな実をつける枝垂れ桜の枝に笑みを向け、陽子は楽しげに呟いた。
2011.06.03.
今回の桜祭にて出した小品「紅枝垂れ」の続編でございます。 「紅枝垂れ」にいただいたコメントに刺激された妄想を今頃昇華してみました。
桜の頃から日が経ったのに文が傷んでいないのは、 呪がかかっているからだとでもお思いくださいませ。 Nさま、ありがとうございました〜。
2011.06.03. 速世未生 記
(御題其の百六十一)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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